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<修>

 新学期から転入生が来るという情報を見事に手に入れた俺たちは、あまり大きくない学校なだけに期待をしながら始業式を待った。もちろん自分たちのクラスに来るかはわからないけど、それはもう、俺としては後輩が入ってくるよりも楽しみにしていたわけだ。
 楽しみにしていた、わけなのだけど。
「小山聡太です」
 お世辞にも明るいとはいえない雰囲気の、けれども整った顔をした転入生。
 うんうん、それからと待っているが。
 シーン、と。静かな沈黙の間。
 俺たちは小山が話すのを静かに聞こうとしていたし、小山はそれ以上話そうとしないしで余計に静まり返っていた。小山の横にいる白樺先生が笑いを堪えているのを、俺は見たぞ、しっかりと。
 その後も、一言たりとも小山の口から出ることはなく、教室には何とも言えない不思議な空気が漂っている。
「ねえ、修くん。あたし、小山くんと目が合っちゃったかも」
 きゃっ、なんて話しかけてきた花のような奴は極々まれで、大半の奴は、小山の周りにいるのも含めて様子見状態。まして話しかけているのなんて、今のところ誰も……って、マジか。
 うーん……。これはアレじゃないか。ちょっとばかし不味いような。あいつ浮いちゃうんじゃないかな。いや、もちろん物理的にではなくてね。
 少なくとも『お友達になりたい』空気じゃないことはたしかだ。戸惑いや何やらごっちゃごちゃ。
「なんだかなあ。小山くん、ぶきっちょさんかねえ」
「まあな……ん?」
 当の小山は今席を空けている状況下での花の発言。もしかして、この流れで上手いこといけたりして。
「こーんな大勢の知らない人間に一人注目されたら、そりゃ緊張くらいするかもな」
 少し声のボリュームを盛って言ってみた。これなら周りにも聞こえるに違いない。
「花ならわかるだろ?」
「なるほど! それは緊張しちゃうね! あ、だからぎこちなくて硬かったのかな」
「それならしょうがないよな。だったらやることは一つ。俺たちが歓迎ムードを出すべき!」
 打ち合わせなんてものしなくても、声も内容も、いい具合に乗ってきてくれた花と重ねに重ねる。すると、俺たちの周りにいる奴からじわじわと小山に対する警戒心が緩んでいった。
 クラス全体に染みたかなというちょうどそのとき、小山が教室に戻ってきた。瞬間、何故か広がる緊張。今までの雰囲気は一体どこへ行ってしまったというのか。さっきより幾らかましになったとは言っても、これは、振り出しに戻る、だ。俺は一気に気が抜けてため息を吐いた。
「修くん、どうかした?」
「……何でもない」
 結局その日、まともに小山と話した勇者は放課後の俺と花だけで、みんなが行動を起こしたのは次の日からとなった。
 まさか、そんな小山に人生を変えられるなんて、このときは思いもしなかった。
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<桔平>

「おかえり」
 と。俺があいつに言うことも、あいつが俺に言うことも、もうないんだろうなあ。
 未成年で、十六歳で、高校生で。幼いばかりに何もできないと思っているのかもしれないが、甘いな。世の中には中学を出て働いている人間もいるというのに。
 まあ、かく言う俺も大学まで出て働いているだけにあまり偉そうなことを言えはしないが。
 それはそうと本題に戻り。働き口を探そうと思えばあるのだ。そう、例えば、
「聡太くん、うちで働いてくれればいいのに。ねえ、あなた」
「……そうだな」
 うち、とかだな。
 聡太は、仕事の覚えは早いし手際もいいし、更には俺に代わるもう一人の息子といった感じで、大変お袋のお気に入りであった。それなりに長い間世話を焼いて可愛がっていただけに、聡太が引っ越してしまったことを今でも残念がっている。
「聡太くんがうちの子だったらよかったのにねえ」
 そして実の息子はというと、うちの店とは違う仕事に就いてしまったがために、家に帰れば嫌味にしか聞こえないお袋の台詞を毎回聞かされるのだ。
 そのくらい聡太はうちに馴染んでいて、それこそ血は繋がっていないが家族のようなものだったと思う。
「それも、いいかもしれないですねえ」
 これは、俺が一度だけうちへ誘ったときの返事だ。その目も、顔も、声色も。全部、上辺だけの本心でないということしか語っていなかった。それが俺に通用するとでも思ったのだろうか。一体何年一緒にいると思ってんだ、おまえは。全く、その笑い方だって誰が教えたと……。
 とにかくあっさり振られたわけで。断り方とこれまでのあいつを見るに、たとえ就職浪人になろうがうちには絶対来ない。何か変わっただとか、余程のことがない限りは、ない。
 聡太はどうやら仕事とプライベートをきっちり分けたいようだ。仕事やその職場に和やかさや親しみやすさといったアットホームな雰囲気を求めていない。むしろ対極にある、厳しさや機械的であることを望んでいる。あくまで俺の勝手な推測ではあるが大筋間違っていないと言い切ってもいい。あいつにとっての仕事とは、自分が生きていく上での単なる手段に過ぎないのだ。
 本当に、大概捻くれていやがる。
 さて。俺は俺の仕事でもするとしよう。
 ケーキ用の箱に選んだ三つのプティガトーを入れた。保冷剤も忘れない。代金はちゃんと払っておいた。
「ちょっと、桔平。商品持ってどこに行くのよ」
「早朝宅配サービスでーす」
 お袋の声を背に、開店までには戻ると言い残して店を出た。見上げた空は青く広い。世界はこんなにも広いというのに。
 これ以上見るものなんてない。
 と。強ちあいつが言っていないではないような台詞を、自分で浮かべて口元が引きつり言葉を失う。
「……あー。くっそ腹立つ」
 と言いつつも。俺は割と穏やかに笑っていた。

 あたしにとって、修くんはヒーローでした。
 修くんがいなかったら今のあたしはいないのです。

 あたしは両親を知りません。名前も、顔も、何もかも。あたしにとっての親は園長で、お家はその園で、一緒に住んでいるみんなは友達で家族でした。
 みんなにとっての普通はあたしにはわかりませんでした。だから、あたしにとっての普通はみんなの言う『普通』の枠からはみ出てしまうのかもしれません。だって、お父さんもお母さんも、そんな概念はあたしの中にはなかったのです。
 困ることなんてありませんでした。たとえあたしを取り巻く環境が『普通でない』としても、いつも園のみんなが一緒にいたから、違和感なんて気になりませんでした。
 いつも、いつも。毎日が楽しかったです。
「えへへ。今日は何しよっか?」
 そんな園での暮らしが一変したのは、あたしが小学校の真ん中くらいになった頃でした。あたしに里親の話が来たのです。正直なことを言ってしまえばそのときの生活に不満はなくて、むしろ大好きだったのですが、みんながあたし以上に里親の話を喜んでくれたのでその話を受けることにしました。里親にと申し出てくれた夫婦はとてもいい人たちで、元々とてもにいい話でもあったのです。
 そして、園での生活に少し名残惜しくも期待しながら始まった生活は想像していたものとは違っていました。何が違うって、同じような境遇の園のみんながいないのです。それが、今まで感じていなかった周りとの違和感を強く感じさせることになりました。
 新しい町でのあたしは日を追うごとに表情がなくなっていきました。決して愛想がいいと言えないあたしが転校先で上手くやっていけるはずがなく、度々いじめにも遭いました。
「帰りたいなあ……」
 みんながいるあの園が恋しくて、恋しくて。もう殻にこもってしまいそうな、そんな中、手を差し伸べてくれたのが、当時同じクラスだった修くんでした。
「うちに来いよ!」
 半ば強引に連れて行かれた修くんの家には、弟の成くんと妹の照ちゃんがいました。拓くんはまだ赤ちゃんで、陸くんなんか産まれる前の、おばちゃんのお腹の中です。
 それはそれは楽しい時間でした。久しぶりに感じた楽しい時間でした。楽しい時間は園での日々を思い出させて、目からは涙がこぼれました。でも、園のみんなに会いに行くことはできませんでした。だって、こんな自分を見せるわけにはいきません。そのときはぐっと堪えて我慢しました。
 それからは修くんと一緒にいる時間も、修くんの家に遊びに行くことも増えました。成くんや照ちゃんとも仲良くなりました。段々、段々と時間を重ねるごとに、あたしの顔に明るさが戻ってきました。すると不思議なことに、いつの間にかクラスに溶け込めるようにもなり、いじめられることがさっぱりとなくなったのです。
 そうして充実した時間が増えると今まで見えなかったものが見えてくるようになりました。今暮らしているお家です。修くんの家に比べると暗く感じました。わかっています。原因はあたしなのです。
「ごめんなさい」
 その日、初めて二人のことをきちんと『お父さん』『お母さん』と呼んだような気がします。三人で泣きました。泣いたら、内にあったもやもやがすっかり晴れてなくなって、世界がまた一変しました。一緒に暮らしている二人が初めて『親』になって、今暮らしているお家が初めて『家』になって、あたしたちは初めて『家族』になりました。
 次の日、修くんにありがとうと言うと、
「何のこと?」
 と、ケロリとした様子で返されました。そのとき、すごいなあと思ったけど、そのまま返すのがちょっぴり癪だったから、
「何でもなーいよー」
 べー、と舌を出してやりました。

 今思えば、あれは本当に計っていない素の返事だったのだろうけれど、自覚のない相手にこれ以上お礼を言えるわけがありません。
 だから決めました。
 あたしはお姫さまとか、ヒロインになることはできません。彼に助けられたその一に過ぎません。
 だから決めました。
 それならば、せめてそばにいられるように修くんのお手伝いをしようと。
 小山くんにお節介を焼きたがるのは、きっとそういうことなのだろうと思います。
 例えば、修くんがホームズなら、あたしがワトソンだったり。……いーや、残念ながらホームズは小山くんや成くんのほうが決まっていそうです。えへへ。ごめんね、修くん。
 何はともあれ。あたしが今のあたしであるのは修くんのおかげなのです。
 あたしにとって、修くんはヒーローでした。それは今も変わりません。
 そしてこれからも、修くんはあたしのヒーローであり続けることには違いありません。それだけは何があっても、きっと変わらないことです。
 あたしはずっと、その隣に並んでいたいと思うのです。

 今ではいろんなものが見えるようになりましたよ。
 そう言ったとして、彼は、そりゃよかったなと素っ気なく返すのだろうと容易に想像ができてしまって、聡太は一人笑った。
 新しい部屋。すでに片付けられた荷物は以前よりも少なくなったが、見えない気持ちとして詰まっているものはずっとずっと多い。小さい頃から待ち望んでいた一人暮らしはこれからの期待に溢れる思いの一方で寂しくもあり、非常に複雑だ。
 十八歳。これから大学生。未成年であることに変わりはないけれど、社会で一人で生きていくにはまだ幼いだろうか。体は少し大きくなったかもしれない。この二年での聡太の成長は、外見よりも内面のそれのほうが著しかった。それまで感じていたもどかしさは、もう見る影もないほどにほとんど薄れている。今だったら何でもできそうな気がした。
 例えば、空を飛ぶ……というのは、さすがに冗談ではあるけれど。
 支度を済ませた聡太は外へ。
 きっと彼がいるとすれば今の時間だ。誰を介することもなく、真っ先に彼に会うならこの時間が一番いい。
 散歩がてらというより、むしろついでなのは散歩のほう。周りの景色よりも目的が優先されて、ただひたすら歩いた。まっすぐ、まっすぐまっすぐ。ちょっと曲がって進んでまた曲がって。あとはまっすぐ、まっすぐ。
 あ、いた。
 せっせと花壇に水やりをしている姿が見えて、思わず足が速くなる。ついにはもう走っていた。人通りもまだ少ないこの時間帯には、駆け寄ってくる音や気配をかき消してしまう要素などほとんどない。聡太に気付いて一瞬驚いた顔を見せた彼だが、そばまで寄り切ったときにはフッと笑っていて、
「よう、おかえり」
 聡太も自然と口元に笑みを携えていた。
 もう一度この町で暮らそうと決めたのは、ここにも『家』があるから。あの人たちとも、今度は正面から向き合おうと思ったから。
 そして、こう言うのだ。
「ただいま」
 帰ってきた、この町で。

 上級生がいなくなって一週間。上着なしで外に出るにはまだ寒い。
「小山、今日の弁当は?」
「自作。いる?」
 交換ならという条件付きで聡太は彼におかずを分けた。
 聡太、修と花以外に三人増えた昼休みの一場面も。布美ではなく時々自分で作る弁当も。その形は、実は秋から見られていたものだった。
「な、今度は五人で食おうぜ」
「えー! あたしだけ仲間外れなの?」
「たまには男同士の付き合いも必要なんだよ。たぶん」
「なーんか、すぐにぶれそうな言い方だな」
「僕は、どっちでもいいけど」
「同じく」
 男子の中に女子は花一人だけ。誰もそれが不思議なことだとは思わないし、花も、他にも女子がいたらなど一言も口にしない。一部を除いて、彼らの間に男子だとか女子とか言う意識よりも、『友達』の大前提がある。ただ、
「あー、わかった! 何かエッチな話するんでしょ!」
 やはりというか、そういうことも時にはあるわけで。花の言葉に二人が吹き出し、一人は冷や汗、一人は苦く笑って、残る一人はピクリとも反応せずに素知らぬ顔で箸を進めていた。
 三人三様ならぬ六人六様。それぞれキャラクターが違うからいつも賑やかだ。修や花と三人だった頃もそれはそれで楽しいものではあったが、今では色々と広がるものがある。
「そういえば、小山は大学に進路変えたんだね」
「お! 進学組が増えたな」
「実は元々進学希望だったとか?」
 事情をほとんど知らない三人は興味津々といったところで、聡太はもぐもぐと口の中のものを飲み込んで少しばかりぐるぐると頭を働かせてみる。
「んー……。そうだったかもしれないし、そうじゃなかったかもしれないし」
 昔の自分が心の奥の奥にまで秘めていたものを今となって知ることは難しい。返事もはっきりとはしないが、聡太が周りに向かってたしかに言えるのは、
「みんなが背中を押してくれたから、だから決め切れた」
 仮に進学したいという望みがあったとしても一人で悶々としているうちは選択肢から排除してしまっていた。それがこうして選択肢として浮かび上がってこられたのは、この場にいる五人はもちろん、いろんな人が言葉や気持ちをくれたから。これまで通り、ただ就職と自立に固執して色のない世界を生き続けていくことは、それはそれでありなのだろうけれど、色に溢れた世界に出てこられてよかったと、今では心底思うのだ。
「……ド直球過ぎるわ!」
「まだ寒いはずなんだけどねえ」
「こっちがはずい……」
「いやあ、参ったねえ。思わず照れちゃったよー」
 純粋で混じり気のない素直な告白に周りは頬を赤らめた。時折撫でる風が心地よく冷たく感じるほどには体が火照って熱かった。
「……みんな、変なんじゃないの」
 けれど、そんなことなど露知らぬ聡太首を傾げると、
「小山のが変! というか、これ、原因おまえだからな!」
「そうなの?」
「そうなの!」
 と、怒られてしまった。ますますわからない聡太の首は倒れたまま。いくら考えても自分の言動にそれらしき原因が見つからず、一頻り思考した末に聡太は首を元に戻した。こいつ、わかってねえなという顔を向けられたが、まあ返す言葉もない。
「……お、俺も!」
 スッと、唐突に手をまっすぐ空へと伸ばした修が、おそらく一番顔を赤くしてプルプル震えていた。当然みんなの注目は修に集まるわけで、複数の視線に埋まりながら、
「俺も、進学、する!」
 修の宣言に一瞬ポカンとしたその場も、するとドッと笑いに包まれた。
「いや、知ってるよ!」
「深刻そうな顔してるから何かと思えば」
「はあ、びっくりしたよ」
 三人に釣られてほっと安心した修も少しずつ笑っていたけれど、聡太は知っている。今の一言を口にするのに彼がどれだけの決心をしたのかを。それをこれから新たに知る者はきっといない。修本人と、聡太と、花と。それから数人。ほんの一握りだけの人が知っている、彼の心の戦い。
 笑っているその顔の赤みはいまだ消えないまま。今頃心臓をバックバクいわせているに違いない。そんな修を聡太はちょいちょいと摘んで引っ張った。
「これで少しは自信になっただろ」
 後ろでこっそり修に耳打ちすると、曖昧だけどたしかに、おうと返ってきた。
 ……のだけど。
「だ、大丈夫かなあ……」
 バクバクした心臓の状態がそのまま表に出てきてしまい、ふにゃりと修の顔が崩れて、それを見た聡太は思わず吹き出す。
「あっはは! ほんっと、締まらないなあ」
 やはり最後はどこか情けなく見える修は、笑い話に落ちが付いているようだ。すごい奴なのかもしれないけどそう見えないところが彼の真にすごいところといったところか。果たして狙ってなのかそうではないのか。
 珍しく声を上げて笑い続ける聡太に周りは目を丸くする。
 不思議がる三人と。嬉しそうに思い切り笑う花と。挙動不審な修と。腹を抱えて笑う聡太。
 偶然通りかかった人は、その光景がとても輝いて見えたのだという。
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