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「戻りましたー」
「……つい、た」
なんとか無事に帰ってきた天使と悪魔を待っていたのは1年振りの女神様。
「帰ったか」
にこりと微笑む女神様が走って胸に飛び込んできた天使と悪魔を抱き締める。帰った途端に説教を食らうだろうと思っていたフーとムーはその微笑ましい光景を安堵して見ていた。普段は人使いの荒い女神様だがやっぱり心配だったのだろう、と。
「向こうはどうだったか?」
「とても楽しかった!」
由鶴の家でお世話になったことはもちろん、初めて口にした人間の食べ物とか幼稚園というところに通ったこと、色んなことを話した。誰かが止めなければ自分では止まらないような勢いだった。
「優しかったのだな、その由鶴という少年は」
「うん!」
「そんなに良かったのだな、向こうは」
「うん!」
「それは当初の目的を忘れてしまうほど良かったのだな」
「うん!」
ムーがおい、馬鹿と天使と悪魔に言ったがもう遅い。しっかりと女神様の耳に入っていた。
そうかそうかと言いながら女神様は天使と悪魔を自分から引き剥がし、よくわからないという顔をしている2人をそのまま自分の前に座らせた。今度はあまり微笑ましくはない光景を、フーは冷や汗を流し、ムーは呆れた様子で見ていた。
もう一度天使と悪魔ににこりと微笑んだあと、その顔は女神様とは思えないくらいの怖さに変わる。
「……この馬鹿者共め!」
それから長い長い説教と1週間の正座が天使と悪魔を待っていた。
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「あと行きたいところは?」
公園で弁当のおにぎりを食べながら由鶴が天使と悪魔に尋ねる。
最後の日ということで朝から2人の行きたいところを回って、それから迎えのフーとムーがいる人気のない神社に行く予定だ。もちろん母さんと千鶴との別れの挨拶は済んでいる。ちなみに由鶴は今朝、いつもと同じように天使と悪魔に飛び乗られて起こされた。今までで一番勢いがあって痛かった。
「うーん……」
午前中で思い出がありそうな河原や幼稚園は回った。たぶん全部回りきった。けれどまだあったようで、2人が揃って口にする。
「ゆづの学校!」
「却下」
たちまちブーイングが起こる。学校まで遠いわけではないが、学校を往復して更に神社まで行くとなると待ち合わせの時間に間に合わなくなるのだ。
「ないなら神社に行くぞ」
「いじわるー!」
「意地悪じゃない」
食べ終わった弁当を仕舞い、歩き出した。さっきよりもゆっくりとした歩調で。

「遅い!」
着いた途端ムーに叩かれた。たしかに途中で何回か寄り道して時間に遅れた由鶴たちが悪いのだが、なにも叩くことはないのにと由鶴は思った。以外に痛かったのだ。
「……いた、い」
今度は悪魔がムーに仕返しする。小競り合いが始まってしまった。互いの悪口を言いながら睨み合っている。これは一向に終わりそうにない。そこで天使が止めに入るついでにムーを叩く。
「まったく、ムーもあーちゃんも止めんか」
「……てんちゃん」
「痛いな!」
ムーは小突かれた後ろ頭を擦る。相変わらず喧嘩をするムーにはあ、とフーが溜め息を吐いた。
「もうお別れは済まされましたか?」
天使と悪魔が黙った。
「……やっぱり帰りたくないのう」
悪魔がこくんと頷いた。そして帰りたくないという言葉に過敏に反応するフーとムーは冷や汗を流す。
「何言ってんだ」
由鶴がそう言うと天使と悪魔は顔を上げた。
「またいつでも来ればいいよ。母さんや千鶴も言ってただろ?」
それでもまだ不満そうな2人の頭を撫でてやる。粗っぽいがそこは我慢してほしい。
な? と言ったあと、渋々だが首を縦に振った。
「ゆづ……また来るからの!」
「……あり、がと」
「うん。じゃあな」
いつもの笑顔に戻って手を振りながら飛んでいく天使と悪魔。由鶴も手を振る。いろいろ楽しかったなあとか、寂しくなるなあと思いながら。
見送り終わった由鶴は少しだけ寂しくなった自分の家に帰っていった。
「またな……」
「疲れきって寝てるな」
「まあ毎日あれだけ遊んでればね」
ぐっすりと寝ている天使と悪魔の様子を見ながら自分たちもあくびをする千鶴と由鶴。連日天使と悪魔はとにかく遊びっぱなしだった。千鶴も由鶴も学校が終わったこともあり、文字通り朝から晩まで一緒に遊んだ。千鶴と由鶴が疲れるほどに。
あたしも寝ようと千鶴が言う。2人が寝ている部屋のドアを閉めて由鶴も自分の部屋へ向かった。

「いただきまーす!」
天使と悪魔の好きな食べ物が並んでいる。2人のお別れ会だ。そしてちゃっかり昇一もいる。
「やっぱりこういうのには呼ばれなきゃな」
なー! と笑って返事をする天使と悪魔。うん、よかった、今日も笑ってる。
「あ、ねえねえ! 今更だけどシロちゃんたちの家の人ってどんな感じなの?」
本当に今更な質問だがみんな気になっていたのか食い付いた。
「あー……」
天使と悪魔は女神様とかアレとかアレとか、どう説明しようかと悩む。
「……ちっこいの、と、同じような、バカと、怒った、ら、怖い、お母さん……?」
終わりに疑問符が付いたのは、たぶん『みたいな存在』だからだろう。あ、と思い出したようにもらしてガクガク震えだした。
「か、帰ったら怒られる……!」 天使の言葉に大きく頷く悪魔。やっぱり2人も女神様が怖いらしい。なんだそれと昇一が笑い飛ばし、千鶴と母さんも一緒に笑った。はじめは怯えて震えていた天使と悪魔もいつの間にか笑顔になっていた。

「今日もぐっすり寝てるね」
明日が最後かと千鶴が寂しそうにため息を吐いた。そう、天使と悪魔は明日帰ってしまう。由鶴は、最後になる2人の寝顔をしばらく見つめていた。
とうとう天使と悪魔が帰るまで残り1ヶ月を切ってしまった。
「あーちゃん、花の世話をしに行くぞ!」
「……うん」
しかし、当の本人たちは元気そうに見える。見た感じがそうなだけなのかもしれないが。
「なあ、母さんとちづにはいつ言うんだ?」
由鶴は2人に尋ねた。もちろん自分たちが帰ることだ。
途端にしょんぼりと沈むが、言わないままってわけにはいかないだろと続けるとちょっとだけ頷く。
「……今日、言う」
悩んでいるのを見かねた由鶴がすぐにじゃなくてもいいんだぞと言いかけたのを悪魔が遮った。それには天使も驚いたようで、
「あーちゃん?」
「言えるのか?」
うんと頷いた悪魔は天使を説得するかのように続ける。
「……てんちゃん、どうせ、言わなきゃ、いけない。なら、ボクは今日、言う」
天使は悪魔の言い分に納得したらしく、同意した。
「そうじゃの。うん、わかった。今日言おう」
天使と悪魔は明るく笑っていたがやっぱり泣きたそうな顔だ。そんな2人の頭を由鶴は少し乱暴だったが撫でた。一瞬2人とも驚いた顔をしたが、そのあと見せた顔はちゃんと心の底からの笑顔だった。

母さんが、今日はひな祭りだからと晩ご飯はちらし寿司だった。
「あの……」
天使が話を切り出そうとするがなかなか次の言葉が出てこない。あーとかうーと言っていると母さんが優しく笑いながらどうしたのと尋ねた。すると安心した天使が、
「もうすぐ帰る」
その言葉にあらあら急ねぇと言う母さんと、それ本当? と驚く千鶴。
「いつ帰っちゃうの?」
「……末日」
寂しくなるなぁと千鶴がもらしたのを聞いた天使と悪魔は目を丸くした。
「寂しい?」
「うん、だって大好きなシロちゃんとクロちゃんが帰っちゃうんだから」
ご飯中なのにもかかわらずむぎゅうと千鶴に抱き締められた天使と悪魔に、な? と由鶴が言ってやるとわんわん泣き出した。
「花?」
天使と悪魔が花を植えたいと突然言い出した。この2人の突然は今に始まったことではないのでそこまで驚きはしない。花に関して知識がない由鶴はとりあえず母さんに相談をしてみようと、天使と悪魔と一緒にリビングへ向かった。
しかしリビングに母さんの姿はなく、ふと外を見てみると庭仕事をしていた。ちょうどいい。そう思って母さんに声をかけ、天使と悪魔が花を植えたがっていることを話す。するとにっこり笑って、
「お昼から植えようと思っていたのよ。今から一緒に苗を買いに行きましょうか」
「わーい!」

1人1つずつねと言われた天使と悪魔は置いてある苗をじっくり見ながら植えたいと思える花を探した。途中で、一年草より多年草のほうが……とか、この花はきれいだとか2人で話し合いながら決めていく。10分ほど悩んだ末、同じ種類の色の違う花を買ってもらった。買った荷物を持つのはもちろん由鶴だ。
昼食のあと、庭へ出て教えてもらいながら買ってもらった苗を植える。
「せっかくだからシロちゃんとクロちゃんの花をメインで植えましょうね」
はじめからそのつもりで他に植える苗を買っていたらしい。白とか、薄い黄色が多かった。まだ苗だから花は咲いてないけど、きっと咲いたらきれいなんだろうなあ。天使と悪魔も同じようなことを考えていたようで顔を緩ませて嬉しそうにしていた。
「もう少しで向こうに帰るから、それの記念?」
2人は同時に首を縦に振って頷く。
「咲いたのが見れんかもしれんが」
「……何か、残し、たかった」
母さんには聞こえないくらいの声で話す。そっかと由鶴は2人の頭を撫でた。
「じゃあ向こうに帰るまではおまえらがちゃんと世話するんだぞ?」
「もちろん!」
「……言われ、なくても、する!」
母さんが、何話してるのと聞いたが3人は、何もと笑顔で答えた。
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