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 布美と喧嘩をしてしまった。その原因となったのは学校で配られた紙一枚。たった、紙一枚。それには『進路希望調査』と書かれていた。提出するには保護者のサインが必要であり、布美に頼むつもりだったのである。けれど、
「……え?」
 紙に書かれた内容を見た途端、怪訝そうな顔をする布美に聡太はしまったと思った。
「就職って……え? だって聡太くん、進学は? しない、の?」
 中学卒業後についても揉めたことがあったのを思い出した。もちろん中学卒業後と高校卒業後とでは大分状況が違うのだが、同じような二度目のこの度の出来事。何故すんなりと彼女からサインがもらえると思ったのだろう。他に何か別の方法があったのではないだろうか。とはいっても今となっては後の祭り。考えたところで仕方がない。今考えるべきはこれからどう説得するか、だ。
 意外だという顔をされたのは学校でも同じだった。進路をどうするかクラスでも話題になっていて、聡太が就職だと告げれば周りには揃いに揃って驚かれたのだ。そして、進学するのかと思っていた、と。
 逆に、聡太からしてみればそうした反応をされることが意外であった。言葉にしたことこそないものの、元々迷いなく就職すると決めていたし、他の選択肢は端から頭になかったから。それを目指して今日まで、そして今日を生きている。
「就職して、自立して生きていきます」
 聡太の言葉に布美が顔をしかめた。
「それは……わたしたちに遠慮しているの?」
 首を縦に振ることも、横に振ることもできなかった。以前に貴恵に一喝入れてもらったお陰で薄れていっているとはいえ、相変わらず自分が疫病神であるという意識を聡太は完全に消し切れていない。
 そう。就職は元からそうすると決めていた。けれど。考える上で布美たちのことが頭に過らなかったわけではない。それは、遠慮というよりも不安や恐怖に近かった。
 はっきりしない聡太に布美はなんとか引き止めようと言葉を重ねる。
「啓太は、あなたと仲良くなって毎日がとても楽しそうだわ。兄弟がいないから、お兄ちゃんができたようで嬉しいのよ」
 家族が増えて嬉しいのはわたしたちも同じ。
 訴える布美の目は真剣で、今にも泣きそうだった。
 聡太は知らない。
 布美が、聡太を引き取れずどれだけ悔しかったかを。
 聡太を引き取ることになって複雑で、どれだけ悲しかったかを。
 聡太の口数が次第に増えていってどれだけ嬉しかったかを。聡太は、知らない。
「聡太くんは、違うの?」
 違わない。けれど、だからこそだった。この先、本当に大切になりかけている布美たちを不幸にしてしまうようなことがあれば今度こそ立ち直れなくなる。そんな、確信にも似た予感が、今、聡太にあった。
「……僕は」
 ガシャリとドアの開く音が聡太の言葉を遮る。部屋に入ってきた彼はその場の状況に心底驚いた顔を見せた。
「どうした? 二人とも、そんなに怖い顔をして」
 その日は利也が帰ってきたことで一先ず落ち着いた。保護者のサイン欄への記入をしてくれたのも、ことの経緯を聞いた利也だった。
 そうした、色々あってなんとか提出した進路調査書。目を通した白樺にも、就職かと言われた。彼は驚くというよりも少し残念そうにしている。
「うーん。わからなくもないけどなあ。できることなら消去法では選ぶなよ」
 消去法では選ぶな。
 聡太にそんなつもりは全くなかった。以前より決めていたことがぶれずにここまで来ただけの話だ。ただ、それを消去法というのならば、果たしてどう自分の進路を選べというのだろうか。
「わっ、と!」
 角の曲がり際。ぶつかった相手は修だった。謝る修よりも先に、落ちた一枚の紙に気付いた聡太がそれを拾う。遅れた修は聡太から慌てて紙を取り返して、
「これは、その、ま、間違えて紙吹雪に……じゃ、じゃあな!」
 誰も、何も聞いていないのに。言い訳をするなり彼は足早に去っていった。
 修が落とした紙は、びりびりに破られたあとにセロハンテープで直されていた。彼の進路調査書がそんなことになった理由を聞けず、聡太は修の後ろ姿をただ見つめるだけだった。
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「そーうーたーさん」
 声のするほうへ顔を向けると成がいた。聡太の着ているものも彼の着ているものも詰め襟だったから、呼ばれなければ気付かずにそのまま行ってしまっていたかもしれない。
 これからバイトかと聞かれ首を横に振れば、じゃあ一緒に帰りましょうと言って成は聡太の横に並ぶ。
「そういえば、花ちゃんに告白したそうですね」
「……悪いことをしたとは思ってる」
 あのあと、修と二人で花にアイスを奢ったのだ。彼女の頬に若干の赤みが残っていて、しょうがないなあと許しを得た。買収したわけではない。あくまで詫びだ。そしてそれからは何もなかったかのようにこれまでと変わらず過ごしている。
 成が笑った。
「いや、大方兄貴が余計なことしたんでしょ。疎いのにお節介して」
 どうやらいつものことらしい。聡太は意外だと思わなかった。むしろ聡太が今まで見てきたままだった。
「だいたい失敗して終わるんですよ。でも止めない」
 頑固というか、一途というか。もう性分なんでしょうね。
 決して馬鹿にしているわけではない。もちろんその言葉に呆れは読み取れるけれど、それよりも、自慢しているように、誇っているように聞こえた。これが自分の兄なんだぞ、と。話している成の顔は優しい。この一場面だけ切り取って見れば修が弟で成のほうが兄だと思ってしまいそうだ。
 少しの間を持って、
「だからみんな、兄貴のことを『兄』って呼ぶんだ」
 そうだ。
 改めて考えてみれば、弟妹から兄と呼ばれているのは唯一修だけである。成や拓が兄と呼ばれることも、照が姉と呼ばれることも一度としてなかった。彼らは愛称で呼ばれている。
 聡太に話すだけでなく、自分の中での問いに対する答えのようにも聞こえた。
 ああ。実は、修はすごい奴なのかもしれない。
「まあ、あんなですけど」
 この一言で、つい先程まで大きく感じていた修の、兄としての威厳がきれいさっぱりとなくなってしまうところも含めて彼なのだろう。はは、と笑いがこぼれた。
「でも残念だなあ。聡太さんとはライバルだと思っていたんだけど」
 おや、と思った。花とのことだ。聞けば夏休みの宣戦布告もその勘違いをしてとのことだったという。
「告白とか、しないの?」
「そうですねえ」
 成が花に対して淡い恋愛感情を抱いたのはいつだったか。気付いたら好きになっていた。もしかしたら一目惚れだったかもしれない。一方で、互いに家族のように思っているところがあり、姉と弟という関係に心地よさを感じてもいる。今の立ち位置を崩してしまうには、成にとって少なからず勇気と覚悟の必要なことだった。
「今は、このままで十分かな。それにたぶん……」
 彼としてはずっと言わずに気持ちが消えるのをただ待っているつもりなど毛頭ないけれど、いつかそのときが来るまで、今はまだいいのだ。
 含みのある言い方だが、聡太はこれ以上何も言うつもりはなかった。修の二の轍を踏むことになってしまいそうだったから、そう、と一言だけ返した。
「ああ、そうだ」
 成は思い出したように切り出し聡太の目をじいっと見ると、
「照に同じようなことして泣かせたら、さすがの聡太さんでも許しませんから」
「え? ああ、うん……?」
 そんな予定は全くないのだけれど。
 あまりにも成の目が真剣なものだったから聡太は若干怯んでしまった。よくわからないまま、それでもなんとか返事をする。果たして成の納得するものであったのかはわからないけれど、彼がいつもの顔に戻ったということは、おそらくはそういうことであるのだと聡太は落ち着かせることにした。
「そうそう、聡太さん。勉強を見てくれませんか?」
 ついでに夕飯も一緒に。
 気付けばもう目の前には宮守と書かれた表札の家で。どうしようかと一瞬悩みはしたものの、先程の件で何やら弱みを握られた気がしないでもないので受けることにした。
 そのあと帰ってきた修と花に、自分たちが誘ったときには来ないのにと怒られ、いじけられてしまった。
「次は来るから。……たぶん」
「うわーん! 小山くんのばかー!」

「げっ、宿題忘れた……。小山あ……」
「見せないから」
 泣きつくクラスメートを聡太は呆れ顔でバッサリと切った。限られた時間でできる限りの努力をするべきだし、答えを丸写しなど全く彼のためにならない。落胆するクラスメートにわからないところは教えると、自分でなんとかするように促す。
 なかなか自然に会話ができるようになってきた。自分でもそう実感が持てるほどに。啓太と話せるようになったことも大きいかもしれない。
「おっはよー! あれ、朝から勉強?」
 不思議そうに輪の中へ入ってきた花に彼が宿題を忘れたから手伝っているのだと説明すれば、突然思い出したように自分も忘れたと慌て出した。花が少し期待のこもった眼差しで見つめるもやはり聡太には何の効果もなくて、駄目だとこれまた一蹴されてしまう。
「小山くん、意地悪!」
 何故そうなるのか。
 文句を言う花を隣に座らせ宿題を広げさせた。嫌々ながらシャーペンを握り問題とにらめっこする花と、そんな彼女に丁寧に教える聡太を見てクラスメートが、
「あ、あのさ、小山と寺岡って、その……」
 付き合ってんの?
 果たして彼が何をそんなに焦り、どもりながら聞いてくるのかは聡太の知るところではないが。
 それはともかくとして、この疑問は少なからずクラスのみんなが気になっていた。転校してきてから何かと一緒にいることの多い花との関係を勘繰るのは、彼らにとってはごく自然なことだ。
「違う違う。花と付き合ってんのは、俺」
 予想外の質問にどうしたものかと答えかねていた二人に代わって口を開いたのは、ちょうど登校してきた修だった。少し優越感が窺えるように、自慢げに笑みを携えながら花の肩を抱いている。
「あれ? 付き合ってたっけ?」
 あまりにも急な展開に周りが驚いたのも束の間、直後、花によるネタばらしであっという間にみんなの興味が尽く削げた。熱するのが早いが冷めるのもまた早い。早いってと修はそばで肩を落とした。
 ため息を吐いたまま、そのまま修は聡太をいくらか離れた場所まで連れて耳打ちをする。
「で、本当のところどうなんだ?」
 言わずもがな花のことである。さすがの聡太でも理解し、今までの花を思い返すと、
「……おまえと一緒にいるのを見るともやもやしてた、かな。少しだけ」
 感じたままを伝えた。正直なところ、それが『好き』という恋愛感情なのかは定かではないがそれを聞いた修がニッと笑った。
「よっしゃ。任せとけ!」

 放課後。修に言われるまま花と屋上にいる。修がこっそり隠れて見てはいるが、実質聡太と花はほぼほぼ二人きりという状況。いつもと違う空気に気付き居心地の悪さを感じているのか、花はもじもじと落ち着かない。
 暫しの沈黙の後、聡太が花の名前を呼んだ。花はビクッと身構える。
「好き、だから僕と、その……付き合って?」
 聡太にとって人生初となる告白だ。ゆっくりと聡太の言葉を咀嚼し、意味を理解した花の顔が火を噴くかというくらい真っ赤に染まった。途端にわたわたと慌て出す。ものを言おうにも意味のある言葉として口から出てこない。
 おかしい。
 そんな花の様子をよそに聡太の頭も動機もいたって冷静だった。告白とはもっとドキドキするものではないのだろうか。そう、例えば今まさに目の前にいる花のように。
 淡々と自分の感情を分析していくと聡太はある結論に辿り着いた。
「う……えーっと、小山くん、あの」
「ごめん」
 違うみたい。
 頭を下げて謝罪した。どうやらそういった感情ではなかった。全くもって迷惑な話ではあるが、こういう形をとらなければ、あるいは本当に誰かを好きにならなければ違うのだとわからなかったことだろう。
 場の空気が一瞬にして固まり、先程までの熱っぽさも冷えきった今の状態にどうにも鈍い聡太だけがわかっていない。
「ばっ……!」
 修の叫んだ声が聞こえた。すぐに口を塞いだようだがもう遅い。花も修に気付き、若干怒気のこもった声で名前を呼ぶと飛んで姿を現した。
「……修くんと小山くんの、馬鹿あ!」
 夕日が差す屋上で乾いた音が二回響いた。

 この日は一日中ご飯のことで頭がいっぱいだった。それは聡太が食い意地が張っているわけでもお腹が空いているわけでもない。理由は今朝のこと。
「聡太くん。悪いんだけど、晩ご飯をお願いできるかしら」
 と。布美に頼まれた。どうやら以前勤めていた職場の友人との食事が入ったらしい。だから聡太と啓太、利也の三人分。布美の頼みを断ることはできず聡太は首を縦に振ったのだ。外食でも構わないとのことだが、そういった経験がないに等しい聡太には勝手がわからないので作る他に選択肢はなかった。
 ハンバーグ。カレー。オムライス、などなど。
 小さい子供が好きそうなメニューを聞いて回って出てきたものだ。修や花をはじめとするクラスメート。自分の好みや記憶を当てにできない聡太はなるほどと頷いて布美の家へ戻った。
 リビングに顔を出すと啓太が座って待っていて、財布を手に持って近くに寄ってくる。はいとそれを聡太に差し出した。
「お母さんから預かったの」
「あ、うん。ありがとう……」
 財布を受け取った後、聡太は固まった。
「えっと……」
 しまった。何を話せばいいのかわからない。
 自ら言葉を切ってしまい、せっかくの啓太と会話する機会を見事に逃した。今は布美や利也が不在で仲介してくれたり代わりに啓太と話してくれたりする人が誰もいない状況。流れるのは沈黙。正直、気まずい。
 すると、黙り込んでしまった聡太を見て名前を覚えられていないと思ったのか、啓太が、啓太だよと自己紹介をする。違うのだけれど、これはチャンスなのではと考えた聡太が口を開いた。
「あー……と、啓太、は、玉ねぎ平気?」

 啓太にある程度の好き嫌いとアレルギーの有無を聞いた結果、オムライスを作ることにした。足りない材料を一緒に買いに行き、これから調理を始めるところである。余程好きなのか、啓太は、オムライスと弾みながら何度も口にする。
 僕も手伝うと言う啓太に、うーんと考えた後、調理器具の在り処を教えてもらい出せる物は出してもらった。初めて使う台所事情は啓太のほうが詳しいし、それに万が一間違って怪我をされてしまうと聡太は責任を負いきれない。
「啓太、これやってみる?」
 切る物は全て切り、チキンライスも出来上がった。器具を出したきりしばし待機だった啓太が喜んで寄ってくる。
 まずは、スプーンでチキンライスを作るのに余った鶏ひき肉をこねた物をスープが入っている鍋に落とす。その際に熱いスープが散らないように低い位置でそうっと。そして蓋をする。
 次に、皿を出してサラダに使う生野菜を盛る。レタスと玉ねぎ、トマト。玉ねぎは辛さが抜けるよう水にさらしておいた。サラダ用のソースも用意してある。
 出来上がったスープを注いで、サラダと一緒に落とさないよう運んでもらっている間、聡太は最後にチキンライスを卵で包む。フライパンに卵が注がれて音がすると啓太が様子を見ようと飛んできた。目を輝かせて卵を見る。そのそばで包み終わったオムライスを皿に移した。うわあと啓太の歓声が上がった。
「きれい。おいしそう!」
 ケチャップは啓太に任せて。これでもう食べるだけ。
 いつものように向かい合って座る。けれど、いつもとは少し違う食卓。オムライスを一口。なかなかおいしくできている。
「おいしい!」
 啓太が一通り口にしたところで聡太は、実はと切り出した。
「これ全部にんじんが入っているんだけど」
 それを聞いた啓太はポカンと口を開けて間の抜けた顔をする。
 オムライスにはよく細かく刻んで。
 スープの鶏団子とサラダ用のソースにはすりおろして。
 近くにいる啓太がわからないようにこっそりとにんじんを入れるのは実に骨の折れる作業であった。
「にんじん……僕、食べられたんだ……」
「うん、食べられた」
 すごい。お兄ちゃん、すごい。
 ぱあっと嬉しそうに繰り返す啓太を見て聡太の顔が綻んだ。
 その後帰宅した利也にも聡太の料理は非常に好評だった。啓太と利也があまりにも自慢気に話して悔しがる布美にもう一度腕を振る舞うことになるのだが、それはまた別の話である。

 夏休み明け。学校はとても賑やかだ。春に聡太が転校してきたときも同じ雰囲気だった。ただ、擬音を付けるのならば前者がガヤガヤ、後者がザワザワといった違いはある。
「おっはよー、小山!」
 こんな中でもどこか遠くを見て自分の世界にいる聡太にはクラスメートの声が届かず、そのまま素通りしてしまう。慌てたクラスメートが追いかけて耳の近くでもう一度呼び、そこでようやく聡太が気付いた。
「……あ、うん」
 明らかな生返事。声は聞こえたものの挨拶とはわからなかった聡太に、それは挨拶じゃねえよと笑いながらツッコミを入れてみても、それも流されてしまった。
「小山、どうしたんだろうね」
 残されたクラスメートは怒るわけでもなく心配そうに聡太の背中を見送る。
 あとで会った修と花にも同じ対応で、これは何かあったなと昼休みに二人は聡太を連れ出した。
「おーい。とりあえず生きてるかー?」
 終始ぼーっとしている聡太の前で修が手を振ってみる。すると一瞬ハッとして一応返事はするがまた元に戻ってしまう。何回か繰り返しても同じ反応で、このイタチごっこを止めるために今度は目の前で思い切り手を叩いた。
「びっくりした……」
「……ようには見えないぞ?」
 もとより彼らが知る聡太はリアクションが薄いほうではあるが、それにしても普段と比べれば輪をかけて薄かった。顔色もあまりいいようには見えない。
 二人があまりにも心配そうな顔をするものだから、一つ深く息を吐いて、聡太は俯いた顔を両手でこすった。
「……わからないんだ」
 聡太の言葉に修と花は首を傾げる。
「ずっと一人でいいって思ってた」
 今はまだ無理だとしても、いつか、近い将来に自立できたならば。誰の助けも借りず、頼りもせず一人で生きていこうと決めていた。だから、いくら周りに嫌われようとも気にならなかった。むしろ好都合ですらあった。自分といて楽しそうな表情を浮かべる者など桔平以外にいなかった。琴子に疫病神と叫ばれる前から、自分は周りの人間を不幸にしかできないのだと、心のどこかで感じながら生きてきたのかもしれない。
「人の厚意の応え方がわからない」
 正直、聡太は少し怖かった。一緒にいるその人を不幸にしてしまうかもしれないというのもあるが、何といっても未知の領域なのだ。踏み出すには勇気がいる。
「……わかるよ」
 顔を上げて花と目が合った。自分も同じだったと彼女は告白する。
「あたし、新しい親ができてからもね、ずっと家族は施設のみんなだけって頑固に思うようになっちゃってたんだ。でもね」
 一旦言葉を切って修を見る。
「修くんが声をかけてくれて、一緒に過ごすうちに段々と受け入れられるようになったんだ」
 花は目一杯の笑顔を聡太に向けた。その笑顔は、聡太には眩しいくらい輝いて見えた。とても、とても幸せそうに見えた。
「小山くんは、きっと一人でい過ぎたんだね」
 体感的な時間であれ、実質的な時間であれ。長い間一人でいると、ふと現れた、心を許せる人に依存する。だからその分、周りへは塞ぎ込んでしまうのだと、以前、花は聞かされたことがあった。事実、聡太が桔平に対して依存気味なところを思えば、その考えは当てはならないではない。
「だから……。はい、じゃあ、修くん!」
「え! お、俺?」
 花から突然投げられた修は盛大に慌てふためき、一言ずつ花の様子を見ながら、
「と、いうわけで、だ。今日、俺ん家に来い!」
 言い切ったぞという顔をしている。花はにこにこ柔らかく笑う。
 ああ、そうか。少しずつ。
 二人が言わんとしていることがわかった。そして、かつて桔平がしようとしていたこともわかった。あのときは彼の期待に応えられなかったのだろうけれど、今ならば。
「あ、バイトがあるから無理」
 危ない。もう少しで無断欠勤するところだった。
 流れを読まない予想外の、けれど聡太らしい答え。一瞬ポカンとした修と花がどっと笑った。
「そこは『行く』だろ」
 今度はバイトじゃない日に誘うよ。
 そう言った修に頷いて約束した。
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                                日記・イラスト・小説を更新していくブログです                               HNの表記は、ひらがなでも、カタカナでも、漢字でも、アルファベットでも何でもよいです                                ほのぼの・ほっこりした小説を目指してます                                 絵に関してはイラストというより落書きが多いかも…                                                      と、とにもかくにも、ポジティブなのかネガティブなのかわからないtsubakiがお送りします
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tsubaki
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女性
自己紹介:
ものごとを『おもしろい』か『おもしろくない』かで分けてる“へなちょこりん”です
外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
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