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<貴恵>
今時のというか、高校生はああも悩むものなのか。正直、相対的に見ると自分が悩まなさ過ぎて『普通』なんてものがわからないから何とも言えない。誰か教えてほしい。
自分が高校生のときは、周りはわたしのことを羨ましい、羨ましいと言っていたけど、わたしからすればうんうん悩んでいる周りのほうがずうっと羨ましかった。
何か気になることができて、悩んで、必死になって悩んで、友達に相談して、友達も巻き込んで悩んで、助けてもらいながら、上手くいったりいかなかったり、その結果で喜んで、それか悲しんで。
友達のことでも、勉強のことでも、恋愛のことでも、何でも。
そこに『青春』の要素が、ぎゅうっと、凝縮されて詰まっているように感じる。人間生きていれば悩むこともこの先あることには違いなくても、大人になってからの悩みとはまた違うものが、所謂『青春時代』にある。青くさいだとか、甘酸っぱいだとか、それこそが『青春』をより特別なものであると意識させ、『青春』の最大にして最高の特色だと思うのだ。
だから、いくら友達に、似合わない、意外だと言われても、いくら陳腐でチープでも、わたしは青春小説が好きだった。自分が経験し損ねて取りこぼしたものを埋めていくように、本棚にはズラリとそれが並んでいる。
割と小さいことで悩み始めるのがおもしろい。小さい悩みが知れず大きな問題になっていく展開がおもしろい。『外』から見れば存外簡単に紐解けそうなのに、それに必死になっている人物たちがおもしろい。読み終わったらとてもすっきりして晴れやかな気持ちになるのが最高だ。
大学生になってからも自分の要領のよさは変わらない。周りから言われる『羨ましい』も変わらない。それでも少しずつ、自分にも『青春』の影がちらりほらりとその姿を現し始めている。そうだ、きっと、自分の進む道が見えたからだ。『夢』なんて言うとこそばゆいけど。
あ、小山の前で『夢』とかいう単語を口にした気が……やったな、わたし。
「お疲れさまです」
「お、小山、もう上がり?」
コクリと頷く小山に、そういえばさっき言い忘れていたことを思い出して話を切り出した。
「さっきの話でさ、やたら大学推しみたいな感じになったけど、あんたがちゃんと決めたなら就職のままでありだと思うよ」
「え?」
「ん? 何か変なこと言った?」
あまりに小山が驚くものだからわたしもびっくりして。でも、聞いても、何でもないですの一点張りで、結局小山は教えてくれないまま帰っていった。その口元は不思議と口角が上がっているように見えて、まあいっかとわたしは仕事に戻った。
その後、小山が高校を卒業して店を辞めるとき、そのときのことを話してくれた。
当時は小山の進路について誰もが進学して当たり前のような反応で、就職なんて答えると揃って驚かれたのだという。だから自分の選択に自信がなくなって、かといって流されるように進学を選ぶのも違う気がして、どうすればいいのかわからなくなっていた。わたしに大学について聞いたのはそんな折だった。
「就職を選んでいることのほうがさも当然みたいな言い方、貴恵さんが初めてでした」
思い出したのか、小山は控えめに笑い出して、こんなふうにも笑うのかと、わたしは最後になって新しい発見を珍しがっていた。
「たぶん、嬉しかったんだと思います」
「ふーん。じゃあ、わたしの小山を見る目はそれなりにたしかだったってことか」
そんなこと考えていたんですか。
悪いか、この野郎。
ちょっと小馬鹿にした小山の態度と、それに、生意気だと言ってわたしが小山を小突くというやり取りもこれで最後かと思えば、まあ、感慨深いものはある。その上『ありがとうございます』なんて言うものだから、泣きはしないけど、自分が『青春』の中にいるという実感が沸々と湧き上がってきて何とも言えない気持ちになった。強いて例えるならばそう、一つの青春小説を読み終えたときに似ている。わたし自身の『青春』ではないけど、『小山の青春』の中に知らず自分が組み込まれていた事実に、うん、悪い気はしない。
「貴恵さんといて、楽しかったです」
「わたしも小山と仕事できて楽しかったよ」
そう言って、初めて二人して笑った。
今時のというか、高校生はああも悩むものなのか。正直、相対的に見ると自分が悩まなさ過ぎて『普通』なんてものがわからないから何とも言えない。誰か教えてほしい。
自分が高校生のときは、周りはわたしのことを羨ましい、羨ましいと言っていたけど、わたしからすればうんうん悩んでいる周りのほうがずうっと羨ましかった。
何か気になることができて、悩んで、必死になって悩んで、友達に相談して、友達も巻き込んで悩んで、助けてもらいながら、上手くいったりいかなかったり、その結果で喜んで、それか悲しんで。
友達のことでも、勉強のことでも、恋愛のことでも、何でも。
そこに『青春』の要素が、ぎゅうっと、凝縮されて詰まっているように感じる。人間生きていれば悩むこともこの先あることには違いなくても、大人になってからの悩みとはまた違うものが、所謂『青春時代』にある。青くさいだとか、甘酸っぱいだとか、それこそが『青春』をより特別なものであると意識させ、『青春』の最大にして最高の特色だと思うのだ。
だから、いくら友達に、似合わない、意外だと言われても、いくら陳腐でチープでも、わたしは青春小説が好きだった。自分が経験し損ねて取りこぼしたものを埋めていくように、本棚にはズラリとそれが並んでいる。
割と小さいことで悩み始めるのがおもしろい。小さい悩みが知れず大きな問題になっていく展開がおもしろい。『外』から見れば存外簡単に紐解けそうなのに、それに必死になっている人物たちがおもしろい。読み終わったらとてもすっきりして晴れやかな気持ちになるのが最高だ。
大学生になってからも自分の要領のよさは変わらない。周りから言われる『羨ましい』も変わらない。それでも少しずつ、自分にも『青春』の影がちらりほらりとその姿を現し始めている。そうだ、きっと、自分の進む道が見えたからだ。『夢』なんて言うとこそばゆいけど。
あ、小山の前で『夢』とかいう単語を口にした気が……やったな、わたし。
「お疲れさまです」
「お、小山、もう上がり?」
コクリと頷く小山に、そういえばさっき言い忘れていたことを思い出して話を切り出した。
「さっきの話でさ、やたら大学推しみたいな感じになったけど、あんたがちゃんと決めたなら就職のままでありだと思うよ」
「え?」
「ん? 何か変なこと言った?」
あまりに小山が驚くものだからわたしもびっくりして。でも、聞いても、何でもないですの一点張りで、結局小山は教えてくれないまま帰っていった。その口元は不思議と口角が上がっているように見えて、まあいっかとわたしは仕事に戻った。
その後、小山が高校を卒業して店を辞めるとき、そのときのことを話してくれた。
当時は小山の進路について誰もが進学して当たり前のような反応で、就職なんて答えると揃って驚かれたのだという。だから自分の選択に自信がなくなって、かといって流されるように進学を選ぶのも違う気がして、どうすればいいのかわからなくなっていた。わたしに大学について聞いたのはそんな折だった。
「就職を選んでいることのほうがさも当然みたいな言い方、貴恵さんが初めてでした」
思い出したのか、小山は控えめに笑い出して、こんなふうにも笑うのかと、わたしは最後になって新しい発見を珍しがっていた。
「たぶん、嬉しかったんだと思います」
「ふーん。じゃあ、わたしの小山を見る目はそれなりにたしかだったってことか」
そんなこと考えていたんですか。
悪いか、この野郎。
ちょっと小馬鹿にした小山の態度と、それに、生意気だと言ってわたしが小山を小突くというやり取りもこれで最後かと思えば、まあ、感慨深いものはある。その上『ありがとうございます』なんて言うものだから、泣きはしないけど、自分が『青春』の中にいるという実感が沸々と湧き上がってきて何とも言えない気持ちになった。強いて例えるならばそう、一つの青春小説を読み終えたときに似ている。わたし自身の『青春』ではないけど、『小山の青春』の中に知らず自分が組み込まれていた事実に、うん、悪い気はしない。
「貴恵さんといて、楽しかったです」
「わたしも小山と仕事できて楽しかったよ」
そう言って、初めて二人して笑った。
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<修>
いつか、こういうものを書かなければいけないときが来ると、そんなことはわかっていたんだ。
「何か飲んでこよーっと」
机に向かって数十分。目の前に置かれた紙一枚。『進路調査書』と書かれた紙と今まさに、俺は戦っていた。しかし、俺は紙を睨みつけ紙はじっと佇んだまま、戦況は動かず時間だけが過ぎていく。
成が部屋を出ていってこの部屋には俺一人、と、そして紙が一枚。またとない絶好のチャンスだ。書かないわけにはいかない。そうだ、書くんだ、俺!
「うおりゃあああ!」
叫びながら勢いのままに書いて。
でも、気付いたときには消していた。残ったのは消しカスと、空虚感。
「俺、書いたのに……」
もう一度と思って書こうとしたけど、でも書けなかった。それなら別のだったら書けるのかよ、と自棄気味に書き始めると、それはもう一文字書き終わらないうちに消していた。
「何で書けねえんだよ……」
ただ『就職』の二文字を書けばそれで終わりだ。何も難しいことなんてない。気持ちが揺れているのは、きっと、花があんなことを言ったせいだ。
――修くんはね、絶対に子供たちから大人気の保育士さんになるよ!
俺の『夢だった』もんを、何でおまえが嬉しそうに話すんだよ。俺は中学のときに諦めてるんだよ。それなのにおまえが自分のこと話すみたいに、どうだ! って顔しながら言うから、だから俺はいつまで経っても結局踏ん切りつけられなくて宙ぶらりんなままだ。
薄い意識の中でひらひら揺れていく紙の破片を見ながら、俺みたいだと、ふとそんなことを思った。
小山は花にまで嘘を吐くことなのかと言ったけど、それは違う。『花だからこそ』今まで嘘を吐いているんだ。
いや、それも違う。嘘なんかじゃ……でも、今となっては嘘ってことになってて、いやでも昔は嘘なんかじゃなくて本当のことで……。
『嘘』と心の中で言う度に胸が痛んだ。これ以上小山に踏み込まれたくなくて、踏み込まれたら今までのことが全部崩れてしまうそうで、怖くて。
こんなんじゃ駄目だ。今日は陸の誕生日、今日は陸の誕生日、今日は陸の誕生日……。
そうやって何回も何回も頭の中で繰り返して落ち着かせようとした。すると、案外効き目があって、顔も、出てくる言葉も、いつも通りに戻っているっぽかった。
あれ? 俺、すげえ! え、すごくない、俺?
……なんて。
小山にはいきなり怒鳴って悪いことをしたなと思っている。小山は俺のこと、嫌いになっただろうか。
そして、俺の机の上にはピカピカに新しくなった『紙』が一枚、まるで俺を試すかのようにいまだ佇んでいる。
いつか、こういうものを書かなければいけないときが来ると、そんなことはわかっていたんだ。
「何か飲んでこよーっと」
机に向かって数十分。目の前に置かれた紙一枚。『進路調査書』と書かれた紙と今まさに、俺は戦っていた。しかし、俺は紙を睨みつけ紙はじっと佇んだまま、戦況は動かず時間だけが過ぎていく。
成が部屋を出ていってこの部屋には俺一人、と、そして紙が一枚。またとない絶好のチャンスだ。書かないわけにはいかない。そうだ、書くんだ、俺!
「うおりゃあああ!」
叫びながら勢いのままに書いて。
でも、気付いたときには消していた。残ったのは消しカスと、空虚感。
「俺、書いたのに……」
もう一度と思って書こうとしたけど、でも書けなかった。それなら別のだったら書けるのかよ、と自棄気味に書き始めると、それはもう一文字書き終わらないうちに消していた。
「何で書けねえんだよ……」
ただ『就職』の二文字を書けばそれで終わりだ。何も難しいことなんてない。気持ちが揺れているのは、きっと、花があんなことを言ったせいだ。
――修くんはね、絶対に子供たちから大人気の保育士さんになるよ!
俺の『夢だった』もんを、何でおまえが嬉しそうに話すんだよ。俺は中学のときに諦めてるんだよ。それなのにおまえが自分のこと話すみたいに、どうだ! って顔しながら言うから、だから俺はいつまで経っても結局踏ん切りつけられなくて宙ぶらりんなままだ。
薄い意識の中でひらひら揺れていく紙の破片を見ながら、俺みたいだと、ふとそんなことを思った。
小山は花にまで嘘を吐くことなのかと言ったけど、それは違う。『花だからこそ』今まで嘘を吐いているんだ。
いや、それも違う。嘘なんかじゃ……でも、今となっては嘘ってことになってて、いやでも昔は嘘なんかじゃなくて本当のことで……。
『嘘』と心の中で言う度に胸が痛んだ。これ以上小山に踏み込まれたくなくて、踏み込まれたら今までのことが全部崩れてしまうそうで、怖くて。
こんなんじゃ駄目だ。今日は陸の誕生日、今日は陸の誕生日、今日は陸の誕生日……。
そうやって何回も何回も頭の中で繰り返して落ち着かせようとした。すると、案外効き目があって、顔も、出てくる言葉も、いつも通りに戻っているっぽかった。
あれ? 俺、すげえ! え、すごくない、俺?
……なんて。
小山にはいきなり怒鳴って悪いことをしたなと思っている。小山は俺のこと、嫌いになっただろうか。
そして、俺の机の上にはピカピカに新しくなった『紙』が一枚、まるで俺を試すかのようにいまだ佇んでいる。
<啓太>
たくちゃんが、家に帰りたくないって言って、たくちゃんのお兄ちゃんが迎えに来た次の日の学校。おはよう、って言ったたくちゃんの顔はすっきりと笑っていた。
「仲直りできたの?」
「うん、もう大丈夫」
昨日のたくちゃんとたくちゃんのお兄ちゃんを見ていて思ったことがある。僕にお兄ちゃんができて今ではお兄ちゃんのことが大好きだけど、でも、やっぱりたくちゃんみたいに血の繋がった本当のお兄ちゃんがいるのとは違うのかな。本当のお兄ちゃんじゃないのに『お兄ちゃん』って呼ぶのは変なのかな。
「ねえ、たくちゃん……」
急に不安になってたくちゃんに聞いてみた。そしたら、たくちゃんはきょとんってした顔になったけど、すぐに首を振って、変じゃないよって言ってくれた。
「本当?」
「本当だよ。だって」
うちも同じ感じだもん。
たくちゃんが話してくれたのは『はなちゃん』っていう人のことだった。お兄ちゃんやたくちゃんの一番のお兄ちゃんと同い年で、ずっと前にたくちゃんのお兄ちゃんがお家に連れてきたらしい。その頃のたくちゃんはまだ赤ちゃんで、だからたくちゃんにとっては血が繋がってなくて一緒に暮らしてなくても『はなちゃん』は家族と同じだった。少し大きくなると、夜には『はなちゃん』が別の、自分の家に帰ることが不思議になって、寂しくて泣いたこともあったってたくちゃんは言った。
「僕が花ちゃんを僕のお姉さんって思うのも、けいちゃんが聡太さんをけいちゃんのお兄さんって思うのと同じだと思う。だから、全然変じゃない」
ね! ってたくちゃんが笑って言ってくれた。
そうかなあ?
そうだよ!
何回も何回もたくちゃんは頷いてくれて、そうしたら自信がちょっとずつ戻ってきて、嬉しくなって、えへへって、顔が段々にやけてきちゃった。それを見たたくちゃんが、聡太さん、僕のお兄さんにもなっちゃうかもって言うから、ダメ! お兄ちゃんは僕のお兄ちゃんだもん! って慌てて止めた。
「けいちゃん、いいなってずっと言ってたもんね。お兄さんができてよかったね!」
「うん!」
その日の夜、どうしても聞きたいことがあって、仕事から帰ってくるお兄ちゃんを僕は待っていた。おかえり、ってお兄ちゃんをお迎えすると、いつもはもう部屋で寝ている時間に僕が起きているからお兄ちゃんはびっくりした顔で僕を見た。
「啓太、どうしたの?」
「あのね、今日、たくちゃんとお話ししてね、それで……」
お兄ちゃんにも、お兄ちゃんっていた?
お兄ちゃんも僕と同じで一人っ子。僕の質問に最初はよくわからない顔をしていたお兄ちゃんだったけど、いたよって答えてくれた。どんな人? どんな人? って興味津々の僕は続きを欲しがる。
「すごく口が悪くて、すぐに手が出るような人だった」
「え! 怖い人?」
思ってなかった言葉が返ってきて心配する僕とは反対にお兄ちゃんは笑って続けた。
「でも、僕を助けてくれて、すごく優しい人だったよ」
「……そうなの?」
うん、って頷いたお兄ちゃん。
僕もお兄ちゃんのお兄ちゃんに会ってみたいなあ。あ、でも、僕には怖い人だったらどうしよう。お兄ちゃんが一緒なら大丈夫かな。
「僕もお兄ちゃんのお兄ちゃんに会える?」
「いつかね」
もう遅いから寝ようか、って言ったお兄ちゃんに、満足した僕は、おやすみって言って自分の部屋へ上がった。
たくちゃんが、家に帰りたくないって言って、たくちゃんのお兄ちゃんが迎えに来た次の日の学校。おはよう、って言ったたくちゃんの顔はすっきりと笑っていた。
「仲直りできたの?」
「うん、もう大丈夫」
昨日のたくちゃんとたくちゃんのお兄ちゃんを見ていて思ったことがある。僕にお兄ちゃんができて今ではお兄ちゃんのことが大好きだけど、でも、やっぱりたくちゃんみたいに血の繋がった本当のお兄ちゃんがいるのとは違うのかな。本当のお兄ちゃんじゃないのに『お兄ちゃん』って呼ぶのは変なのかな。
「ねえ、たくちゃん……」
急に不安になってたくちゃんに聞いてみた。そしたら、たくちゃんはきょとんってした顔になったけど、すぐに首を振って、変じゃないよって言ってくれた。
「本当?」
「本当だよ。だって」
うちも同じ感じだもん。
たくちゃんが話してくれたのは『はなちゃん』っていう人のことだった。お兄ちゃんやたくちゃんの一番のお兄ちゃんと同い年で、ずっと前にたくちゃんのお兄ちゃんがお家に連れてきたらしい。その頃のたくちゃんはまだ赤ちゃんで、だからたくちゃんにとっては血が繋がってなくて一緒に暮らしてなくても『はなちゃん』は家族と同じだった。少し大きくなると、夜には『はなちゃん』が別の、自分の家に帰ることが不思議になって、寂しくて泣いたこともあったってたくちゃんは言った。
「僕が花ちゃんを僕のお姉さんって思うのも、けいちゃんが聡太さんをけいちゃんのお兄さんって思うのと同じだと思う。だから、全然変じゃない」
ね! ってたくちゃんが笑って言ってくれた。
そうかなあ?
そうだよ!
何回も何回もたくちゃんは頷いてくれて、そうしたら自信がちょっとずつ戻ってきて、嬉しくなって、えへへって、顔が段々にやけてきちゃった。それを見たたくちゃんが、聡太さん、僕のお兄さんにもなっちゃうかもって言うから、ダメ! お兄ちゃんは僕のお兄ちゃんだもん! って慌てて止めた。
「けいちゃん、いいなってずっと言ってたもんね。お兄さんができてよかったね!」
「うん!」
その日の夜、どうしても聞きたいことがあって、仕事から帰ってくるお兄ちゃんを僕は待っていた。おかえり、ってお兄ちゃんをお迎えすると、いつもはもう部屋で寝ている時間に僕が起きているからお兄ちゃんはびっくりした顔で僕を見た。
「啓太、どうしたの?」
「あのね、今日、たくちゃんとお話ししてね、それで……」
お兄ちゃんにも、お兄ちゃんっていた?
お兄ちゃんも僕と同じで一人っ子。僕の質問に最初はよくわからない顔をしていたお兄ちゃんだったけど、いたよって答えてくれた。どんな人? どんな人? って興味津々の僕は続きを欲しがる。
「すごく口が悪くて、すぐに手が出るような人だった」
「え! 怖い人?」
思ってなかった言葉が返ってきて心配する僕とは反対にお兄ちゃんは笑って続けた。
「でも、僕を助けてくれて、すごく優しい人だったよ」
「……そうなの?」
うん、って頷いたお兄ちゃん。
僕もお兄ちゃんのお兄ちゃんに会ってみたいなあ。あ、でも、僕には怖い人だったらどうしよう。お兄ちゃんが一緒なら大丈夫かな。
「僕もお兄ちゃんのお兄ちゃんに会える?」
「いつかね」
もう遅いから寝ようか、って言ったお兄ちゃんに、満足した僕は、おやすみって言って自分の部屋へ上がった。
<利也>
その日は珍しく、帰りを迎えてくれる布美の姿がなかった。おや、と不思議に思い声が聞こえるリビングへ顔を出すと、あまり雰囲気のよくない彼女と聡太くんが向かい合って立っていた。
「――それは、ちょっと君が感情的過ぎたかなって僕は思うよ」
経緯を聞いた僕は、ことの発端となった進路調査書にサインし、休んでいいよと聡太くんを部屋へ戻らせた。お茶を飲んで一息吐き、次第に冷静になってきた布美は、わたしもそう思う……と後悔しながら呟く。僕も、今日ばかりは早く帰ってくるべきだったと情けない気持ちが湧いてきた。とはいえ、どうしようもなかったことを悔いたところで仕方がない。
「君が一番引っかかったのは何?」
要点を整理しようと切り出した僕の問いに、布美はポツリポツリで話し始めた。
「……聡太くん、『自立する』って言ったの。そのために就職を選んだような言い方で。今だって十分にやっているのに……」
小山さんから聞いた話だと、聡太くんは高校にも行きたがらずに中卒で就職しようと考えていたらしい。慌てた小山さんがどうにか高校には進学させたのだと言っていた。
小山さんの話と春からの聡太くんの様子から、どうにも彼は生き急いでいるように見える。その先に目指す何かがあるのならそれもいいのかなとも思うけど、ただ闇雲に進んでいるようだった。後ろからつつかれて急かされるように、前へ、前へと。かといって、幼い頃、両親が三十代で突然亡くなってしまった聡太くんに、急がなくてもゆっくりで大丈夫なんて、布美も僕も、とても簡単には口にできなかった。
布美としては、最初に比べれば柔らかくなったものの、いまだ遠慮が前面に出ている聡太くんに、たぶん、甘えてほしいんだろうなあ。そう確認したら、彼女は縦の肯定した返事をくれた。
それから、義姉夫婦が自慢げに語っていた聡太くんの夢を実現するために進学してほしい気持ちが一つ。
でも、聡太くんが自分で決めたことを真っ向から否定したくない気持ちも一つ。
全部が頭でごちゃごちゃになった結果、今回聡太くんとの言い合いになってしまった、と。
「今日は布美が一方的に話していたみたいだから、まずは聡太くんの考えを確認しないとね。お義姉さんたちが話していたのは、まだ聡太くんが啓太くらいの年頃の話だから今は違うのかもしれない。もしお金のこととか、僕たちがどうにかできることで引っかかっているのなら、そのときは進学してほしいって君の気持ちを伝えればいいんじゃないかな」
「……押し付けがましくないかしら」
不安で俯く布美に、僕は笑って言った。
「そんなことないよ。聡太くんに進学したいって気持ちがあってそれで進学してほしいって伝えるのは、『進学しなさい』っていう無理強いじゃなくて『進学していいんだよ』っていう後押しなんだから」
それに、君が今日言ったことのほうがよっぽど押し付けがましいって。
そう言ったら、気にしてるのに……と布美はムスッとして僕を見つめたけど、次には安心したように笑っていた。
「ごめんなさい。今日は出迎えも何もできなくて」
「僕のほうこそ、大事な話のときにいられなくてごめん。今度は君だけにしないで僕もいるよ。だから、そのときは呼んでほしい」
「ええ、そうするわ」
すっきりした、と言うその顔も雰囲気も、もうすっかりいつもの布美に戻っていた。
その日は珍しく、帰りを迎えてくれる布美の姿がなかった。おや、と不思議に思い声が聞こえるリビングへ顔を出すと、あまり雰囲気のよくない彼女と聡太くんが向かい合って立っていた。
「――それは、ちょっと君が感情的過ぎたかなって僕は思うよ」
経緯を聞いた僕は、ことの発端となった進路調査書にサインし、休んでいいよと聡太くんを部屋へ戻らせた。お茶を飲んで一息吐き、次第に冷静になってきた布美は、わたしもそう思う……と後悔しながら呟く。僕も、今日ばかりは早く帰ってくるべきだったと情けない気持ちが湧いてきた。とはいえ、どうしようもなかったことを悔いたところで仕方がない。
「君が一番引っかかったのは何?」
要点を整理しようと切り出した僕の問いに、布美はポツリポツリで話し始めた。
「……聡太くん、『自立する』って言ったの。そのために就職を選んだような言い方で。今だって十分にやっているのに……」
小山さんから聞いた話だと、聡太くんは高校にも行きたがらずに中卒で就職しようと考えていたらしい。慌てた小山さんがどうにか高校には進学させたのだと言っていた。
小山さんの話と春からの聡太くんの様子から、どうにも彼は生き急いでいるように見える。その先に目指す何かがあるのならそれもいいのかなとも思うけど、ただ闇雲に進んでいるようだった。後ろからつつかれて急かされるように、前へ、前へと。かといって、幼い頃、両親が三十代で突然亡くなってしまった聡太くんに、急がなくてもゆっくりで大丈夫なんて、布美も僕も、とても簡単には口にできなかった。
布美としては、最初に比べれば柔らかくなったものの、いまだ遠慮が前面に出ている聡太くんに、たぶん、甘えてほしいんだろうなあ。そう確認したら、彼女は縦の肯定した返事をくれた。
それから、義姉夫婦が自慢げに語っていた聡太くんの夢を実現するために進学してほしい気持ちが一つ。
でも、聡太くんが自分で決めたことを真っ向から否定したくない気持ちも一つ。
全部が頭でごちゃごちゃになった結果、今回聡太くんとの言い合いになってしまった、と。
「今日は布美が一方的に話していたみたいだから、まずは聡太くんの考えを確認しないとね。お義姉さんたちが話していたのは、まだ聡太くんが啓太くらいの年頃の話だから今は違うのかもしれない。もしお金のこととか、僕たちがどうにかできることで引っかかっているのなら、そのときは進学してほしいって君の気持ちを伝えればいいんじゃないかな」
「……押し付けがましくないかしら」
不安で俯く布美に、僕は笑って言った。
「そんなことないよ。聡太くんに進学したいって気持ちがあってそれで進学してほしいって伝えるのは、『進学しなさい』っていう無理強いじゃなくて『進学していいんだよ』っていう後押しなんだから」
それに、君が今日言ったことのほうがよっぽど押し付けがましいって。
そう言ったら、気にしてるのに……と布美はムスッとして僕を見つめたけど、次には安心したように笑っていた。
「ごめんなさい。今日は出迎えも何もできなくて」
「僕のほうこそ、大事な話のときにいられなくてごめん。今度は君だけにしないで僕もいるよ。だから、そのときは呼んでほしい」
「ええ、そうするわ」
すっきりした、と言うその顔も雰囲気も、もうすっかりいつもの布美に戻っていた。
<成>
うちは五人という多い兄弟がいるけど、ほとんど男にもかかわらず、しかしその中で『兄』と呼ばれるのは、長兄の宮守修ただ一人である。照も、拓も、陸も、呼び方は違っても『兄』と呼ぶのは長兄にだけ。俺もそう、あれを『兄貴』と呼んでいる。次兄である俺は一度も『兄』と呼ばれたことがない。上から三番目の真ん中で、兄弟で唯一女の照が『姉』と呼ばれることもまたなかった。
つまるところ何が言いたいのかといえば、俺たち弟妹にとって『兄』とは非常に特別な存在だということだ。
例えばこんな話がある。
照がまだ小学校に入学したての一学期の参観日。よくある家族作文の発表。兄貴と俺とで、手伝ってー! と言ってきた照に協力したから作文の大まかな内容は覚えている。
『わたしのかぞくは、おとうさんとおかあさんと、おにいちゃんと、なっちゃんと、わたしと、たくと、おかあさんのおなかにいるあかちゃんのななにんです。』という始まり方で、そのあとも『おとうさんは――。おかあさんは――。』というふうに家族について書いてあり、『わたしはかぞくのみんながだいすきです。』と締めて終わる、何の変哲もない、至って普通の内容の作文だ。
問題はそのあとで起こる。
発表の終わった照の作文に担任の先生が感想を言った。照の担任は兄貴のことも俺のことも知っている先生だったから、その感想の中で、
「宮守さんは素敵なお兄さんが二人もいて幸せね」
とか何とか、そんなことを言ったそうだ。当たり障りのない、よくある感想だ。そして照も、うんでも何でもよくある返しで発表が終わる、はずだった。しかし、照はそう言わなかった。それなら何と言って返したのかといえば、まず一言、
「違うの」
と、首を振ったらしい。それからこう続けた。
「お兄ちゃんが二人じゃなくて、お兄ちゃんとなっちゃんなの」
照の言葉に一瞬ポカンとした照の担任は、だからお兄さんが二人よねともう一度聞いてみたけど、照は決して首を縦に振ることなく『お兄ちゃんとなっちゃん』の一点張りで通してみせた。本来あまり大人の手を焼くような子供ではなかったはずの照がそのときほど意固地になったことはない。
結局は大人である照の担任が折れて終わったのだと、帰ったあとで笑いながら母さんが一部始終を話してくれた。俺は、変なのと返し、兄貴はよくわからない頭で、しかしどう解釈したのか先生に勝ったと、偉いと照を褒め、『お兄ちゃん』に褒められた照はとても誇らしげにしていた。
兄が一人しかいない当時の俺には全くもって不可解な珍事件だったけど、今ならわからないではない。きっとあのとき、もう一人の兄である俺ではなく、『お兄ちゃん』に褒めてもらえたからこそ照は誇らしかったのだ。
俺では絶対に兄貴の代役は利かない。よく『しっかりしている』なんて言われて、『一番上の兄より余程兄』とも言われたことがあるけど、それは違う。俺は、兄貴があるが故の俺なのだ。俺が『兄』であってはならない。いくら考えてなさそうで図太くて無神経でお節介で馬鹿で楽観的な部分が見え隠れしたとしても、あんなだけど俺ら兄弟の一番上にいるべきはやっぱり兄貴である。あんなだけど。
それに、今でこそ俺も記号としての『兄』になることはあるけど、あくまで記号。兄貴の『兄』は、言わば称号である。そして俺にとっての称号は『なっちゃん』だ。だから、俺に称号としての『兄』を与えようとする奴がいるのなら、それは俺らに対する侮辱だね。
ちなみに拓と陸も、やはり血は争えないというべきか、照と同じ道を通ってきている。その度に記念すべき第一号である照の話が決まって持ち出され、もう当時のことを覚えていない照にとっては知らない恥を公表されるに等しく堪らないらしい。見ているこっちとしては実におもしろい。
――あ。
「なっちゃん、どうかしたの?」
「いや、照の珍事件を聡太さんに話してみたらどんな反応するかなって」
そう言ったらジュースを飲んでいた照が盛大にむせた。少しこぼれたから、そばにあった布巾を照に差し出す。
「ぜ、絶対言わないでよ! あー、でも、なっちゃん本当に言いそうで怖い……! 本当に、絶対に言わないでね!」
「そーだねー」
「もー、やだー! なっちゃん馬鹿ー!」
顔を真っ赤にして怒りながらも、照は俺がやった布巾でせっせと台を拭いていた。
うちは五人という多い兄弟がいるけど、ほとんど男にもかかわらず、しかしその中で『兄』と呼ばれるのは、長兄の宮守修ただ一人である。照も、拓も、陸も、呼び方は違っても『兄』と呼ぶのは長兄にだけ。俺もそう、あれを『兄貴』と呼んでいる。次兄である俺は一度も『兄』と呼ばれたことがない。上から三番目の真ん中で、兄弟で唯一女の照が『姉』と呼ばれることもまたなかった。
つまるところ何が言いたいのかといえば、俺たち弟妹にとって『兄』とは非常に特別な存在だということだ。
例えばこんな話がある。
照がまだ小学校に入学したての一学期の参観日。よくある家族作文の発表。兄貴と俺とで、手伝ってー! と言ってきた照に協力したから作文の大まかな内容は覚えている。
『わたしのかぞくは、おとうさんとおかあさんと、おにいちゃんと、なっちゃんと、わたしと、たくと、おかあさんのおなかにいるあかちゃんのななにんです。』という始まり方で、そのあとも『おとうさんは――。おかあさんは――。』というふうに家族について書いてあり、『わたしはかぞくのみんながだいすきです。』と締めて終わる、何の変哲もない、至って普通の内容の作文だ。
問題はそのあとで起こる。
発表の終わった照の作文に担任の先生が感想を言った。照の担任は兄貴のことも俺のことも知っている先生だったから、その感想の中で、
「宮守さんは素敵なお兄さんが二人もいて幸せね」
とか何とか、そんなことを言ったそうだ。当たり障りのない、よくある感想だ。そして照も、うんでも何でもよくある返しで発表が終わる、はずだった。しかし、照はそう言わなかった。それなら何と言って返したのかといえば、まず一言、
「違うの」
と、首を振ったらしい。それからこう続けた。
「お兄ちゃんが二人じゃなくて、お兄ちゃんとなっちゃんなの」
照の言葉に一瞬ポカンとした照の担任は、だからお兄さんが二人よねともう一度聞いてみたけど、照は決して首を縦に振ることなく『お兄ちゃんとなっちゃん』の一点張りで通してみせた。本来あまり大人の手を焼くような子供ではなかったはずの照がそのときほど意固地になったことはない。
結局は大人である照の担任が折れて終わったのだと、帰ったあとで笑いながら母さんが一部始終を話してくれた。俺は、変なのと返し、兄貴はよくわからない頭で、しかしどう解釈したのか先生に勝ったと、偉いと照を褒め、『お兄ちゃん』に褒められた照はとても誇らしげにしていた。
兄が一人しかいない当時の俺には全くもって不可解な珍事件だったけど、今ならわからないではない。きっとあのとき、もう一人の兄である俺ではなく、『お兄ちゃん』に褒めてもらえたからこそ照は誇らしかったのだ。
俺では絶対に兄貴の代役は利かない。よく『しっかりしている』なんて言われて、『一番上の兄より余程兄』とも言われたことがあるけど、それは違う。俺は、兄貴があるが故の俺なのだ。俺が『兄』であってはならない。いくら考えてなさそうで図太くて無神経でお節介で馬鹿で楽観的な部分が見え隠れしたとしても、あんなだけど俺ら兄弟の一番上にいるべきはやっぱり兄貴である。あんなだけど。
それに、今でこそ俺も記号としての『兄』になることはあるけど、あくまで記号。兄貴の『兄』は、言わば称号である。そして俺にとっての称号は『なっちゃん』だ。だから、俺に称号としての『兄』を与えようとする奴がいるのなら、それは俺らに対する侮辱だね。
ちなみに拓と陸も、やはり血は争えないというべきか、照と同じ道を通ってきている。その度に記念すべき第一号である照の話が決まって持ち出され、もう当時のことを覚えていない照にとっては知らない恥を公表されるに等しく堪らないらしい。見ているこっちとしては実におもしろい。
――あ。
「なっちゃん、どうかしたの?」
「いや、照の珍事件を聡太さんに話してみたらどんな反応するかなって」
そう言ったらジュースを飲んでいた照が盛大にむせた。少しこぼれたから、そばにあった布巾を照に差し出す。
「ぜ、絶対言わないでよ! あー、でも、なっちゃん本当に言いそうで怖い……! 本当に、絶対に言わないでね!」
「そーだねー」
「もー、やだー! なっちゃん馬鹿ー!」
顔を真っ赤にして怒りながらも、照は俺がやった布巾でせっせと台を拭いていた。
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