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<照>

「お風呂上がったから、次どうぞー」
 台所にいる兄二人へ声をかけた。何やら楽しそうな雰囲気の二人に、あたしは自分の分の牛乳を注いでしっかりと話の輪に入る。
「何の話?」
「今日来た聡太さん」
 ああ、なるほど。
 あたしたち兄弟間には、別にそうしなければならないと決まっているわけではないけれど、お兄ちゃん以外は友達を家に連れてこないという暗黙のルールのようなものがある。誰が決めたわけではない。誰かが強制したわけでもない。習慣に近いそんなルールに沿っているのは、きっと、お兄ちゃんが友達を連れてきたことがなかったからだ。
 そのことを意識しているのは、お兄ちゃんを除く兄弟の下四人だけ。だからこそ、いつか花ちゃんを連れてきたときは驚いたものだった。今でこそ、花ちゃんはある種家族で、例外となった。
「そういえば、なんか花ちゃんに似た感じの人だったよね、前の」
 今の花ちゃんを見ると信じられないけれど、当時はすごく無口で表情も暗かった。わけありだった花ちゃんと、第一印象は同じと言っていいほどよく似ていた。だから、
「また例の『おせっかい』でしょ。な、兄貴?」
「何のことだ?」
 なっちゃんの言ったことと同じことを思った。だけど、お兄ちゃんは自覚のないようで、当の本人なのに一人だけことを理解していない。
 うん、昔からこんな感じだ、この人は。
 なっちゃんとタイミングを同じくして、二つのため息がこぼれる。
「きっとそんなんだから高校生にもなって彼女の一人もできないんだ。陸を見習いなよ」
 うちの末っ子にして唯一の彼女持ち。ちなみに陸は、この春に小学校へ入学したばかりだ。所謂『ませたガキ』ではあるのだろうけれど、本人たちが楽しそうなのであたしたちは温かい目で見守っている。
「違うよ、照。彼女がいないから『おせっかい』やってるんだ」
 もうすっかり元の話題とは逸れてしまった話に夢中になって、なっちゃんの言葉に、そっかと頷いた。早く彼女作りなよとあたしが言えば、余計なお世話だとお兄ちゃんが返す。
「ていうか、おまえたちだって付き合ってる奴いねえだろうが!」
 お兄ちゃんの反撃を流すよう、それはそうだよねえと二人でアイコンタクトを取って首を傾げていると、何かを思い付いた様子のなっちゃんがニヤリと笑った。
「あー、でも照は、好きな人ならいるよな。名前はそ……」
「わー! なんでなっちゃんが知ってるの!」
 慌ててなっちゃんの口を塞いだ。全部言い切ってはいない、はず。
 ていうか、本当になんでなっちゃんが知ってるの! あたし、まだ誰にも何も話してないのに!
 不思議そうな顔をしているお兄ちゃんをそのままに、お母さんの、うるさいという一声でその場は解散となった。そのままお兄ちゃんがお風呂の支度に去っていく。いいタイミングではあるけれど、欲を言えばもう少し早くてもよかったよ、お母さん。
「兄貴が上手いことやってくれたら、俺、協力してもいいよ?」
 すごく弱みを握られた気分になった。本当になっちゃんは目敏いというか、勘が鋭いというか。色々言いたいことはあるけれど、それでもこの兄に頭を下げるあたしは間違っていないと思う。
「……よ、よろしくお願いします」
「りょーかい」

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<修>

「なあ、修。聞いたか?」
 と。声をかけてきたのは中学から一緒の友達で、特に心当たりのない俺は首を振って返した。
 すると、友達は近くに寄ってきて、周りに聞こえないようにこそこそと、
「なんか、寺岡、泣いてたらしいぞ」
「はあ?」
 あまりにびっくりした俺は友達の行動に反して間抜けた大きな声を上げてしまい、そうすれば賑やかな中もクラスの注目が集まる。友達も呆れた顔をしていて、周りにはなんとか笑ってごまかした。
 言われてみれば、朝会ったときに花の目が赤くなっていた気がする。手や腕でこすったあとも。
 でも、それは不思議なことだった。花が転校してきた頃は、それは幾らか泣くこともあったのだけれど、友達ができてクラスに馴染み始めてからはほとんど涙を見せなくなったからだ。よっぽど悲しいことでもあったのだろうか。
「それで、誰が泣かせたと思う?」
「誰って、誰かが泣かせたの?」
 それこそ信じられない話で、別にいじめられるような奴でもなかったはずなんだけど。
 また友達が耳元で小さく答えた。
「なんでも、小山が泣かせたって話」
 今度は大きな声を出さず、というよりも、声が出ないほど驚き過ぎて俺は目を丸くする。
「それ、まじで?」
 うん、と、頷いた友達は、そう聞いたと言った。

「――っていう話なんだけど」
 昼休みに花を問い質した。
 なんか放っておけないから構い倒していたけれど、花を泣かせるというのなら小山への当たりを考え直さなければならない。小学生からの付き合いで大事な花を引き合いに出すまでもないだろう。あくまで優先すべきは花だ。
 俺は真剣に聞いていたのに、花は飲んでいたお茶を吹き出した。そして、むせた。
「ゴッホ、ゴホッ……。ちょ、修くん。それ、誰に聞いたのさ」
「由人」
 友達を売るというか、あっさりと俺にとっての情報源を教えると、よっしいめ……と花は恨めしそうに友達の名前を呼んだ。
「で、どうなの」
「どうも何も、誤解だって、誤解!」
 真っ赤な顔をしたまま、花は今朝の出来事について説明する。
 花の話を聞き終えると、ストンと腑に落ちてしまった。
 たしかに小山は、言葉や態度はちょっときついけど、かといって誰かを泣かせるような奴には見えないし。
 なーんだ、と、今日悩んでいたことが馬鹿らしくなった。これで万事解決。よかった、よかった。
 でも何か忘れているような……。
「……さて、と。ちょっとよっしい探してくる」
 花を見送ったあとで、あ、と友達への被害の可能性をようやく思い出したけど、でも花を止める方法を持っていない俺は何もすることができず、静かに友達へと両手を合わせるのだった。
<春樹>

 俺が一番後悔していること。それは。
 もっとしっかり勉強していればよかった。そうしたらもう少しいい学校に行けたかもしれないのに?
 もっとちゃんと練習していればよかった。そうしたらあの試合に勝てたかもしれないのに?
 好きになったあの人に思い切って告白すればよかった。そうしたら付き合えていたかもしれないのに?
 違う。どれも、違う。俺が一番後悔していることは――。

 母は、特別ヒステリックというわけではなかった。かといって江美叔母さんのようにいつもニコニコし続けているかといえばそうでもなかったのだが、少なくともあそこまで頻繁に手を上げ声を荒げる人ではなかったはずだ。
 決してあの子だからというわけではなかったように思う。むしろ母親に任せきりにしてしまった環境こそが原因だったのではないだろうか。仕事で忙しかった父がそうであり、また学校に理由を付けていた俺も。
 一体あの、記憶も次第に薄れてしまうほどの時間を、あの子はどんな気持ちで過ごしていたのか。それも、まだ子供で、親が二人とも亡くなってしまってすぐだったというのに。泣いているあの子に、怪我をしてできた傷を手当てするくらいしか俺にはできなかった。ただ見ているだけだった。
 あの子がうちを出ていってから少しして、ある日、男がやってきた。飲食店のホールスタッフと見て取れる格好をしている彼は、あの子のアルバイト先の人間だという。俺と同じくらいの歳に見えたが、しかし事情をそれなりに把握しているほどには親しかったらしい。
「へえ、あんたが……」
 じいっと俺を見たあとに彼が言った。そこには軽蔑や憤然としたものが見え隠れしていて。
 瞬間、顔が真っ赤に染まった。そこで初めて自分の行いを恥じた。あの子が泣いたときでも、怪我をしたときでも、父が母を怒鳴ったあのときでもなく。彼の言葉とその目によって、俺は恥じたのだ。
 もう時間は戻らない。きっと、いや、もう二度とあの子がうちに帰ってくることはないだろう。それでも俺は、またあの子と一緒に過ごす時間が欲しいと切実に思った。
 俺は何も知らない。一体何をして過ごしていたのだろうかと考えてしまうほどに、あの子のことを何も知らない。笑った顔や不貞腐れた表情も何もかも、昔見たことがあるのかもしれないが、今となっては記憶にない。声だって酷くおぼろげで。アルバイトのことだって彼が来て初めて知ったのだ。
 それを、彼は全て知っているのだろう。従兄弟という血の繋がりを持った俺よりも、そんなもの持っていない彼のほうが遥かに多く。彼が抱いている優越感に似た何かにも気付いていた。
 俺たちがあの子についてどうのこうの言う権利などありはしないのだが、なんだか癪だった。自分の行い全てに後悔して、彼の言葉に表情に態度に、彼の何もかも全てが癪に障った。
 それでも悔しいことに、彼の持ってきたケーキはとてもおいしかった。

<花>

 激しく後悔した。
「親、いないんじゃない?」
 なんて。本当にそうだとしても、そんなにサラッと聞いていいものでないとわかっているはずなのに。自分の、親がいないという告白も、そんなの言われて困るだけだというのに。
 そのあとの記憶は曖昧も曖昧だ。どうやって部活に顔を出したのか覚えていない。あるのは心配そうな顔をしている部活仲間と、ひたすら走ったという数少ない情報。そして今は自分の部屋のベットに飛び込んでいる。
「やっちゃった……」
 言った瞬間、小山くんの体が強張ったということは、当たったということだろう。とはいえ、あれは当てずっぽうのようなものだったのだ。
 小山くんのことが気になり始めたのは、転校してきたその日からだった。不思議と目が離せなくて、そしたら小山くんもあたしを見て目が合った。そのとき感じた『何か』はずっとわからずに胸に引っかかったままだった。ちなみに目が合ったのが嬉しくて、それはあとで修くんに自慢した。
 小山くんは自分から他人と関わろうとしない人だ。それでも周りに人が集まっているのは、転校生という珍しさの勢いにそのままクラスのみんなが交流を続けているからだ。小山くんもそれなりに言葉を返すから誰も気付かない。でも修くんとあたしは知っている。小山くんが自分から話しかけたことなんて一回もないことを。
 あたしたちが知っているということを小山くんも知っていて、だから修くんとあたしだけにはみんなとは違う顔を見せる。きっとそれが素に近い小山くんだ。冷たく突き放すような言葉と態度に、あたしは心当たりがあった。
 それから、いつかおばさんが作っているのだと言っていたお弁当。それだけで決めつけちゃうのはよくないけど、親がいなくておばさんと住んでいるのかなと思った。気になったけど修くんは何も言わなかったし、それを口にして聞くつもりなんてこれっぽっちもなかった。
 それなのに、よりにもよって口から出てしまった断定した言葉。
 引っかかることが増えていくと、あたしの感じていた『何か』も少しずつ解け出して。その上に、小山くんと二人きりで鉢合わせるというシチュエーション。勝手にあたしの頭がそれぞれのパーツを組み合わせて飛び出てしまった、というのがあの言葉の真実だったわけなんだけど。
 でも、そんな言い訳はどうでもいい。自分の言葉で小山くんを傷つけてしまったのかもしれない事実が今重要なのであって。
「どうしよう……」
 あたしがしたかったのは小山くんを傷つけることじゃなくて、逆のことだったのに。じんわりと涙も滲んでくる。
「うー……あたしの馬鹿あ」
 でも、こんなに後悔しながらもおいしいご飯に飛びついてしまうのは、やっぱりあたしであって、また悔しくて涙が出ました。
<布美>

「ねえ、利也さん。二階の間取りのことだけど」
 声をかけると彼はわたしを向いた。今予定しているところにもう一部屋足せないものかとお願いしてみる。はじめは不思議そうな顔をしていたけれど、わたしの意図を何となく読み取ってくれたようで、
「ああ、聡太くんか」
 利也さんがあまりに穏やかに笑ってくれるものだからサラリと要求を伝えられたものの、彼の口から実際に『聡太くん』と出てしまうと、途端にとんでもないわがままを言ってしまった自覚が襲ってきてわたしは恥ずかしさで俯く。
 お義兄さんと姉さんがお墓に入ってしまってもう数年が経った。そのあとすぐわたしたち夫婦の間に生まれた啓太も幼稚園に入園するほどになったというのに。いまだに聡太くんのことが気になって仕方がなかった。
 そして時々思う。その理由は本当に聡太くんを思ってのことなのか、それとも、もしかしたら聡太くんを通してお義兄さんや姉さんを見たいのか。
 一つため息がこぼれた。
「布美はお義姉さんのことが大好きだったもんな。それから、聡太くんのことも好きだっただろう?」
「ええ、それはもちろん」
 二人が元気だった頃、家が程よい距離にあったこともあり、子供がいなかったわたしたちはそれなりの頻度で遊びに訪れていた。最初は遠慮していたけれど姉さんもお義兄さんも歓迎してくれて。わたしは姉さんとご飯を作ったり、利也さんはお義兄さんと晩酌を交わしたり。小さかった聡太くんもわたしたち夫婦になついてくれた。
 とても楽しかった。とてもお世話になった。何より一つの家族として受け入れてくれていたようで、いつも胸がいっぱいだった。だからその頃は子供が欲しいと思わなかったのかもしれない。
「僕たちがしたくてしているんだったら、それでいいんじゃないかな」
「なんだか治久さんたちにも申し訳ないような気もするというか……」
 万が一聡太くんがきても問題のない体制でいるということは、つまり今保護者となっている治久さんたちへの不信とも取られかねないわけで。そう考えると自分のしようとしていることが不安だらけでため息ばかりが出てしまう。もちろんそんなつもりは一切なくて、治久さんを信じているし、きっとこのまま彼のもとで過ごし切るのが一番に違いない。
「そうだね……。布美の気持ちもわかるよ。ただ、このままだと埒が明きそうにないなあ」
 どうしようかと投げかけてきた利也さんに、けれどわたしが解決する術を持っているわけなどなく、彼は軽く唸って考えながら、それでも表情はまるでわたしを宥めるような笑顔のまま。
 そう。彼はとても優しい人。
 暫しの思案の後、利也さんは一つ頷いた。
「うん、単純に考えよう。布美は聡太くんと暮らしたい? それとも暮らしたくない?」
「暮らしたいです」
「よし、じゃあ決まりだね。この部屋を潰して寝室を少し広めに取って……。こんな感じで相談してみようか」
 利也さんの質問に、迷うでもなくすんなり答えてしまったわたしもわたしなのだけれど。ああして聞かれてしまったら、わたしはさっきのように答えるしかないわけで。実質選択の余地がない、わたしの気持ちを自身で確定させるための振り。
「……利也さん、ずるい」
 不服な様子を見せると、これまでとは違い若干悪戯っぽく笑って、
「必要なときにはずるくもなるさ」
「……ありがとう」
 コーヒーを入れてくるよと言った利也さんは席を立ったとき、わたしの頭にポンポンと手を置いていった。
 こうしてわたしたちのお家ができたのです。

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