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――すん、すん、と。

 何もない、真っ白い世界が広がる中で、うっかり聞き漏らしてしまいそうなその小さい音に気が付く。男が耳を澄ましてそちらへ意識を集中させてみると、さあっと、世界が徐に色付き始めた。

 現れたのはどこかの部屋と猫を抱えて座り込んでいる女。

「ああ……」

 彼女だ。間違いない、彼女だ。

 男はその女をよく知っていた。知らないわけなどなかった。

 彼女は生涯で愛した唯一の、男の妻であった。

 彼女に気付いてほしくて、この腕に抱き締めたくて。声に出して呼べども、触れようと手を伸ばせども、その声も手も何も彼女に届きはしない。

「――ぼ、くは」

 ふと、違和感を覚える。

 彼女へかけた言葉は自分にも聞こえなかった。

 彼女へ伸ばした手は自分にも見えなかった。

 果たして今の自分の存在はたしかなものなのだろうか、と。男の意識が女から自らへと移る。

 瞬きをしようにも目がない。鼻がない。口がない。顔がない。

 触って確かめようにも手がない。腕がない。足がない。体がない。

 まるで堰き止められていた水がダムを決壊させて溢れ流れ出ていくように、今し方ない歯で噛み締めた自身の状況に曖昧だった男の記憶がそれはもう目まぐるしく甦った。自分が一体何なのかも、どうして現在のこの異常とも言える事態に置かれているのかも、そんなことは終わりを知ってさえ一切わからなかったが、消えてしまった先程の女のあのワンシーンは男の生前の記憶には存在しなかったという、ただそれだけが揺るぐことのない事実として彼に突き付けられる。

「だとしたら、どうして、あんな画が、今の僕に」

 見えてしまったのだろう。

 女の前にあった仏壇は男のもので、女の流していた涙は男のためのもので。しかし、そんなものを見せられたところで彼女のもとに行くことのできない男にどうしろというのか。

 男は知りたくなかった。

 ひとたび知ってしまえば何もできない自らを呪い、そしてただひたすらに、

「戻りたいと、願ってしまう……」

 絶対に叶いはしない望み。

 自分の置かれた状況が酷く哀れで、男は流れることのない涙を流す。気持ちは泣いていた。

 滲むことのない景色と言うべきか、滲んでも変わらない景色と言うべきか。

 いつまで惨めなままこの世界にいればいいのだろうと、男が途方に暮れていたところだった。

《――戻りたいか》

 男以外の声が響き渡った。
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 人間、自分にないものがやたら輝いて見えるように、あたしも例に漏れずそうである。
 ただ、それがなくとも自分の人生に何の支障もないということも理解していて、別段それを欲しいと思うことはない。達観しているといわれてしまえばそれまでであるし、気怠そうに見えたとすればそもそもあたしが生来そういう顔をしているというだけの話であって、実際の司会は曇り一つなく実に澄んでいて良好である。日々の生活に不満などなく、楽しく過ごせる家族や友人にも恵まれているというのに、これ以上何を望もうというのだろうか。
 例えば、話し手と聞き手がいるように、この世界には演者と聴衆がいる。
 その時々で入れ替わり立ち替わりはすれど、あたしは後者一択。仮に演者になったところで隅ですぐに引っ込むような小さな脇役。誰もあたしを気にすることはない。
 しかし、それでいいのだ。一番いい席で演者である彼女たちの世界に浸っていられる。彼女たちの輝きを自分の視界に分けてもらっている。その変わらない立ち位置が、あたしは好きだった。
 それでも、ふと彼女たちの眩しさに羨望を感じているあたしは、はて、実は演者になることを恐れて逃げているだけなのだろうか。

 もしかしたら、これは思春期特有の親への反抗なのかもしれない。思い返せば、自分が爆発してしまったのは中学生の頃だったと記憶している。
 それならば、大人になって落ち着いてしまえば今のわたしの悩みも、親との確執も知らぬ間になくなってしまうのだろう。そう、わたしが『今』を我慢しさえすれば何の問題なく日々が過ぎていくのではないのだろうか。
 しかし、そうできないほどに『今』という時間はわたしの中でとても特別なものだった。たとえ、人生の長いスパンの中で見て学生時代というのがほんの短い時間であるとしても、だからと割り切ることはできない。特に中学、高校時代には淡く憧れのようなものがあって、ただの六年間でも大切に過ごしたかった。
 現状それができているかといえば、ノーである。思い描いていたものとは全く異なっていて、その原因を、あろうことか全て親になすり付けてしまっている。本当は自身の努力不足であるということを頭の隅では理解しているのに認めるのが怖くて、わたしは今、ずるさという世界に浸って溺れている。


 黒い身なりの参列者。
 ――というのが通例であるが、ここには黒というよりも他の色が目立っている。紺にグレーに黄土色、深緑といった色に始まり、小さな赤に青、黄色に緑、ピンクに白、そしてチェックやアーガイルの柄もある。服の形はブレザーに詰襟、セーラー服。
 つまるところ、制服を着た人間が多かった。中学生らしい者もちらほらいたが、年齢的には高校生が大半といったところ。涙を流すのはやはり男子より女子のほうが断然多い。ずっと、鼻を啜る音と泣いてしゃくり上げる声が絶えず続く。彼らは単純にショックと雰囲気に当てられているのか、それとも相当慕われていたのか。この様子に、おそらく後者であると窺えた少年は、つい自分と比べて見てしまう。
 そうまでされるとなると、さぞすばらしい人なのだろう、とそのお顔を拝見に向かい、少年は奇妙な感覚に見舞われた。思わず二度見してしまうほど、もしかして自分にだけこう見えているのかと疑ってしまうほどに、その表情は無だった。呆けた顔をしたまま見つめる。てっきりにこやかに笑顔を見せているのを想像していたというのに。とんだ見当違いだ。
 この人数がいる中で、当の本人が一番他人事のようにそこにいる。なんとも不思議な光景だった。一体何がそうさせたのか、非常に気になるところである。
 まあ、何はともあれ、おもしろい奴が来るな、と少年は笑う。深く関わらないにしろ、様子を見るのもまた一興だ。少なくとも暇をすることはないだろう。
「ようこそ、僕たちの世界へ」
 聞こえない彼女にそっと声をかけ、少年は静かに消えていった。


 最近、『本当の何か』を求めるようにはなったけど、心のどこかでは『本当』も『嘘』も、そんな区別したって仕方ないのかもしれないと思っている。
 それは、あたしの中で『本当』と『嘘』という線引きが曖昧なだけに、今あたしが持っているものを上手くどちらかに振り分けることができないからだろう。いざ踏み切って手持ちを『嘘』としてしまったときに、自分の足場が酷く脆くなって、見る間に崩れてしまうのがどうしようもなく怖い。その崩れ去ってしまった足場は二度と元に戻ることはなくて、また新たに確立させるには長く長い時間がかかってしまう。
 それなのに、あたしはやっぱり『本当の何か』が欲しいと願う。
 それは、現状手の内にあるものが、人生という波に流され行く過程で自然とくっついてきたものだからだろう。自ら望んで手にしたものなんて何一つ見当たらない。
 喪失を恐れて何かを手に入れたいとは、ほとほと呆れたものである。何かを失うかもしれないリスクを冒してでも手に入れたからこそ、それに価値があるというのに。
 自分のあまりのわがままさに、あたしは笑ってしまった。

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