忍者ブログ
[5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11]  [12]  [13]  [14]  [15
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 ぎゅっと握った聡太の手には封筒があった。
 それは三学期に入ってすぐに聡太が自ら白樺に頼んだものだった。
「小山、あとで職員室な」
 夕方のSHRが終わると白樺はそれだけ言い残して教室を出ていく。何のことかは言われずともわかっていた。
 放課後、職員室へ向かうその足取りは、どこかドキドキというか、ソワソワというか。おおよそ周りに言わせれば『らしくない』様子だった。顔だって少しでも緩めてしまえば、ついにきたのだと期待に溢れんばかりの思いがそのまま顔に出てしまいそうなほどに。
 そんな聡太を見て笑いを堪え切れない白樺は、それでもなんとか抑えようとしながら幾つかの冊子と封筒を手渡した。普段ならムッとしてしまうその素振りも今の聡太は気にならなかった。気にする余裕がなかったと言ってもいい。なぜなら、彼の意識の全てはその手にある冊子に注がれているのだから。
「とりあえずは俺が適当に見繕っておいた。参考程度に見てもらえればいい」
 これから志望を決めていく上での、まあ、目安だな。
 丁寧に説明してくれる白樺に聡太はただただ頷いて聞いた。何といっても未知の世界なのだ。新しいそれに興味津々な聡太は子供らしい色を強く見せていた。
「ありがとうございます」
 おう、と一言。
 生徒のすることに真摯。生徒のしたいことに真摯。上辺だけではない彼の慕われる理由に、改めて十二分に納得ができた。
 聡太が職員室を出る間際、白樺は聡太を呼ぶ。
「俺も応援してるからなあ!」
 白樺の、部屋中に響いてしまうかもしれないほどの声と、ニカッとした笑顔に背中を押されながら、聡太は職員室をあとにした。

 大丈夫。大丈夫。
 自分で何度も読んだ。内容も整理した。言いたいこともきちんとまとまっている。
 大丈夫ともう一度心で唱えて、よしと小さく呟くと、封筒を持つその手はいまだぎゅっと強く握ったまま、聡太は足を踏み出した。
 リビングで団欒していた布美と利也は、突然の聡太の登場に驚いた。けれどそれは一瞬で、すぐに、どうしたのと大人の対応を見せる。
「あの、聞いてほしいことが、あるんですけど……」
 何やら真剣そうな話であると気付いた利也は片手に持っていた酒を横に置いた。ほろ酔い状態のように見えた彼の顔からは赤みがすっかり消えていた。布美も座りなおして姿勢から改める。
 なかなか話を切り出せないでいる聡太を二人は決して急かさなかった。聡太が自分から話してくれるのを静かに待ち続けた。
 そうして向かい合ってから数分ほど経ち、ようやく聡太が動いた。封筒から数冊の資料を取り出して見せるとすかさず布美が反応する。
「それ……」
 広げられたそれらは全て大学案内。布美は自分の目を疑った。
 一度布美と進路で揉めてしまった手前、言い出すことができなかったためにまずは白樺に相談したのだ。彼は快く乗ってくれた。
 国公立に私立。単科大学に総合大学。学費、学べる内容や環境等々。聡太は二人の理解を得るべく、白樺が自分にしてくれたように説明していく。
 一頻り話し終えると聡太は布美と利也を見て、
「僕に、進学させてください!」
 頭は下げなかった。今、二人から目を逸らしてしまうことが何よりも怖かった。聡太にとって見えない不安は進学を認められないかもしれない不安よりもずっと大きかったのだ。
「……そっか」
 利也がふわりと笑う。そのおかげで聡太の、膝の上で白いなるほどに強く握られた拳の力が緩められていく。少しだけ安堵した。
 対して布美の硬さは取れない。そして顔を強張らせたまま、スッと、今度は布美が一つの封筒を聡太へ差し出した。
「今の聡太くんなら、きっと、読めると思うわ」
 スンとした音が聞こえたかと思えば、布美の瞳から涙が流れていた。
PR

 困った。非常に困った。
 聡太の目の前に広げられていたのは小学校と中学校の卒業アルバム。何か将来の夢について書いてあるかもしれないと期待半分に開けたものの、案の定といえば案の定、何とも子供らしさの欠片も見えないものだった。両親が亡くなった後で、治久の家に世話になっている間のものであるから無理もないかもしれない。
 あの卒業アルバムが聡太の考えうる唯一の可能性であったのだが。これで見事に頼りが一つもなくなってしまった。『振り出しに戻る』だ。
「お兄ちゃん、遊ぼう!」
 これからどうしたものかと困り果ててお茶を飲んでいると啓太に手を引かれた。
「こら、啓太! 聡太くんは忙しいんだから無理を言っちゃいけません」
「あ、いえ。部屋を片付けていただけなのでいいですよ」
 本当にいいのかと尋ねる布美に頷く。啓太が両手を上げて喜んだ。
 現在は冬休みに突入したところ。聡太と啓太の二人が仲良くなってから初めての長期休暇である。日頃、休日はその大部分をアルバイトに費やしてしまう聡太が家にいる時間が増えるため、啓太はこの冬休みを心待ちにしていたのだ。
 聡太が部屋の片付けをしていたと聞いた啓太は、じゃあ僕もと聡太を連れて部屋へと移動する。啓太の部屋は聡太の部屋と同じ六畳間。まだ小さい啓太には些か広く感じた。学習机の棚や引き出しから物を取り出して床に広げても足の踏み場が余裕で残る。
「見て見て! ここに飾ってるんだよ!」
 そう言って啓太が見せたのは、先日のクリスマスに聡太が啓太へ贈ったミニカーだった。仲良くなるまでに過ぎてしまった啓太の誕生日のお詫びも込めてプレゼントして、布美からあまり甘やかさないようにと困ったように笑いながら言われたのは記憶に新しい。
 長期休暇に入る度に習慣となっているらしい机の物の整理を啓太は一人で手際よく進めている。時折褒めてと言わんばかりに満点のテストやプリントを広げて見せる啓太にすごいと伝えれば満面の笑みが返ってきた。いつもは布美とこのようなやり取りをするのだろうか。彼女は聡太以上にすごい、すごいと褒めてあげるのかもしれない。
 啓太が作業している間、聡太は部屋を見渡して改めて思うことがあった。
「本当に車が好きなんだな」
 筆記用具こそシンプルで実用的な物が多いが、椅子に敷かれた座布団は車のイラストがプリントされた物であるし、用具入れの袋には小さなアップリケが付いている。学習机の棚の空いたところには二、三個ほどのミニカー。向こうに見えるおもちゃ箱の中には今まで買ってもらった車のおもちゃがたくさん入っているのだろう。拓が遊びに来ていたときに見ていたテレビも車の番組だった気がする。
「お兄ちゃんも好き?」
「そうだな……。昔はおもちゃも持っていたけど」
 今でこそ捨ててしまったが小さい頃は聡太も啓太と同じく車が大好きで、おもちゃの大半はミニカーなどが占めていた。休日に車で出かけると聞けば手放しに喜んだものである。
 小さい頃といえば。
 何かあった気がする。たしかに何かあったはずなのだ。
「お兄ちゃん?」
 ――お父さん?
 そうだ。あれはまだ父さんも母さんもいたときに。
 次第に浮かんでくる記憶。晴れた日。啓太よりも幼かった聡太は困り果てた顔をした父をそばで見上げて。そして、
 ――僕、大きくなったら  になる! そしたらお父さん、困らないよね?
 何になるのだと言ったんだっけ。聞いた父がぎゅうっと抱きしめて、自分も同じようにぎゅうっと抱きしめ返したのは覚えているのだけれど。
 大きくなったら。大きくなったら。
 あ。
「……うん。好き、だね。好きだよ」
 やっと思い出した夢に聡太は笑った。彼が何年かぶりに見せる子供の、年相応なものだった。
「ありがとう」
 何の脈絡もないお礼に、啓太は首を傾げながらも照れくさそうに応える。
「どういたしまして! えへへ」
 あのときの母の顔は、布美の笑顔とよく似ていた。

 修からの拒絶は聡太にとって想像以上に堪えたらしい。気付けばぼーっとしていることがあからさまに増えた。一方の学校で会う修は、見る限り今まで通りであるし相変わらず家にも誘ってくる。何故そんなにも普通でいられるのだろう。
「小山ってば!」
 バシーンッと勢いよく背中を叩かれて我に返った。背中がじりじりと痛む。これは赤くなっているに違いない。恨めしそうに原因を睨むと、貴恵は悪びれもせず、何度も呼んだのに返事がないから仕方なくと言う。たしかにそれは聡太に非があるのかもしれない、が、それを差し引いても彼女のすぐ手が出る癖はどうにかならないのもだろうか。
 少々腑に落ちずも謝ったところで、そういえばと思い出した。
「大学生でしたよね」
「そうだけど?」
 返事をして、おやおやと貴恵はにんまりと聡太を見た。彼が他人に興味を示すなんて、またこれは珍しいことに遭遇したものである。
 そんな貴恵に露骨に嫌な顔を見せながらも聡太は本題を切り出した。
「どうして大学に進むんですか?」
 突然の質問に面食らった貴恵は、一瞬ポカンとしてそれから笑い出した。だから何故笑うのか。おもしろいことを言った覚えなど何一つない。現役の大学生である彼女なら何か答えてくれると思ったのに。
 ごめんごめんと謝ってから、貴恵がうーんと唸って考え出す。
「正直、人それぞれではあると思うんだけど」
 働きたくないから、もう少し遊んでいたいからという人もいるし。反対にもっと勉強がしたいからという人もいる。大学や短期大学などの上級学校を卒業しなければ取得できない資格だってたくさんある。
 いまいち納得のいかない聡太が、貴恵はどうなのかと尋ねると、彼女は視線をずらしながらそれでも答えてくれた。
「あー……。わたしは大層な理由なんかないよ。流れるままにって感じかな」
 それから少し自分の話をしてくれた。
 勉強も、運動も、交友関係も。学校生活においても、私生活においても。貴恵にはほんの些細な悩みこそあれ、頭を抱えたり夜を眠れなかったりというものが一度としてなかった。周りにはよく羨ましがられたものである。悩みがなくて幸せだね、と。
 そんな貴恵が途方に暮れるほど悩んだのが高校生のとき。奇しくも聡太と同じく、クラスが進路についてざわめき始めた頃だった。自分の希望する進路が全く見つからなかったのである。今が楽しければそれでよし。高校は推薦をもらえた学校へ進学。将来なりたいものは特に考えたことなどなく、ましてや夢を達成するための道を探したこともない。
 貴恵は酷く焦った。このままでは社会に出ていけないという危機感すら覚えた。
「それで、見つかったんですか?」
「いーや。結局見つからなくて得意な教科を生かせる系統の学部に進んだ」
 少なからず衝撃を受けた。貴恵は目標を持ち、あるいは達成すればまた次、また次と目標を掲げ、それに向かって生きている人だという印象を持っていたから。
「でも、大学に通っているうちに夢ができた。運よく今いる大学の卒業の先のね」
 本当、親に感謝だよね。
 苦く笑い続けていた貴恵がやっといつもの笑みに戻る。もしも、まだ悩んでいる最中の彼女に出会っていたのならば、また違う印象を持ったのだろう。聡太が初めて会ったときの貴恵は、きっと、すでに目標を見つけて生き生きとしている彼女だ。
「まあ、あんたの場合は大学なり何なり進んでさ、もう少し学生を味わってもいいんじゃないの」
 やりたいことがあるなら尚更。
 そう言いながら貴恵に額を指で弾かれる。だからすることが一つ余計なのだ。聡太はムッとして、
「……もう一度検討してみます」
 聡太の答えに一つ頷いてその場から去ろうとする貴恵を、今更ながら気付いたことがあり呼び止めた。
「何か用でもありました?」
 たしか何回も呼ばれた果てに聡太は背中を叩かれたのだった。聡太の言葉に貴恵もようやく思い出したようで、それは聡太が元気のなさそうな顔をしていたからだと言う。
「……それだけ、ですか?」
「そう、それだけ」
 思い返せばこうした貴恵の行動は今まで幾度となくあったことであるが、改めて意識するとなかなかに恥ずかしいもので。
「何と言うか……。暇なんですか?」
「言うに事欠いてそれか、このクソガキ」
 怒られる自覚があったから逃げる準備はしていたのだけれど。見事に貴恵に捕まった聡太は思い切り頬を抓られてしまった。

 どういうわけか聡太は宮守家の誕生日会に参加していた。一番下の陸の誕生日だ。宮守家ではみんなでお祝いすることがプレゼントであり、唯一夕飯に間に合わない父親がプレゼントとして何かを買ってくるのだという。そういえば、この家はおもちゃの類が少ない。
 とにもかくにもそういうことで、修の母親は料理、陸本人を含めた子供たち七人は飾りをせっせと作っている真っ最中である。毎度毎度こうして作業するのだと聞いた。だから使う紙もきれいな折り紙などではなくカラフルな広告が主だ。
「聡太さん」
 声をかけてきたのは拓。聡太の真正面に正座をして、
「この前はありがとうございました」
 にっこりと笑ってそそくさと修のところへ戻っていく。
 拓と会うのは前のプチ家出の一件以来。修に元通り元気だと聞いていたが、たしかに兄弟と楽しそうにしているようで何よりだ。
 よかったと心内で一息吐いていた聡太は、彼らを見ていて若干の違和感を覚えた。修と拓が作っているのは紙吹雪で、一見何もおかしいところなどないのだけれど。
「紙切るときって、いつもはさみ?」
「そうですよ」
 二人とも丁寧にはさみを使って小さい四角を作っている。ああ見えてけっこう細かいですよ、あの人と成が付け加えた。
 だったら、あれは。
 聡太が思い出していたのは布美と揉めた翌日の出来事。
 修とぶつかって拾った彼の進路調査書。修は紙吹雪にと間違えたのだと言っていたが、本当にその通りならばきれいな切れ目であるはず。けれど聡太が見たのは、手で乱雑に千切られたあとだった。
 それと、もう一つ気になることがある。
 聡太は修を呼んで部屋を出た。珍しい聡太の行動に周りが何事かと驚くのも気に留めず、少し離れた場所へと移る。修も酷く不思議がって何かと尋ねたが、聡太が単刀直入に進路調査のことだと告げると一気に顔が険しくなった。
「嘘を吐かなきゃならないことなのか? 僕はともかくとしても」
 続けて口にしたのは花の名前。修が目に見えて固まる。
 いつか、クラスメートと進路の話題で盛り上がったとき。それぞれが順々に希望進路を発表していって最後が修の番だった。その前だった花が何故か彼の希望進路を続けて言った。
 それは『保育士』だった。
 けれどおかしいことに、拾った修の進路調査書で一瞬、偶然にも聡太が目にした彼の希望進路は『就職』。自分のことのように鼻を高くしていろいろと話していた花はおそらく、いや間違いなくこのことを知らない。知っていたらあんなふうに『保育士』と言っていない。彼女は嘘を吐くことなど今までなかったし、そもそも得意でもないだろう。だからきっと花にとって『保育士』は本当のことで、けれど紙に書かれた事実は『就職』なのだ。聡太にはその二つ、二人の温度差が酷く際立って見えた。
「……花に言わないでくれ」
 端から言う気などないのだけれど。何故そこまでして隠そうとするのだろうか。
「小山も就職だろ。似たようなもんだよ、たぶんな」
「似たようなもんって……」
 それは違うだろう。
 聡太はずっと就職を望み続けている。その理由が何であれ、自分で働いて稼いで生活していくというのが聡太の生きる上での目的であり、目標である。
 一方、修は保育士という将来の夢を持っている。それがいつからなのかは知らないが、花が彼を代弁するほどには真剣なもののはずである目標がありながらそれを押し潰してまで就職を選んでいる。
 それのどこが似ているというのか。
「おまえは……」
「小山には!」
 言われたくない。
 初めての修からの拒絶だった。もう何も言うな。俺に構うな。そう言いたげな顔だ。だから聡太は口を閉ざすしかない。
「行こうぜ。みんな待ってる」
 そう言った修の顔はいつものものだった。今繰り広げられた会話が初めからなかったかのように。
 納得できず悶々としたまま、聡太は修と、みんなのいる部屋へ戻っていった。
 その日の誕生日会は賑やかに過ぎていった。

「お兄ちゃん、おかえり!」
 満面の笑みで迎えてくれた啓太。それに返事をしようとした聡太は啓太の横にいる、よく見覚えのある顔に気付いた。
「あ、聡太さんだ!」
 修の弟の拓だった。そういえば玄関に啓太とは別の小さな靴があったことを思い出す。互いが互いに知り合いということで啓太も拓も驚きを隠せない。二人ほどではないにしても、聡太もまた驚いている。世間は狭い。
「あのね。たくちゃんと僕、同じクラスなの」
 ねー、と啓太と拓が顔を見合わせて言った。
 聞けば、現在小学二年生の二人は入学して以来の友達なのだという。普段は外で遊ぶのだが今日はたまたまここのいるとのこと。どうりでこの組み合わせを初めて見るわけである。
 続けて聡太とは従兄弟同士なのだと啓太が拓へ説明し、次に聡太と拓との関係を聞いてきた。
「聡太さんは僕の兄ちゃんの友達で、時々うちに来てくれるんだ」
 啓太と拓のおかげで三人の間にあった疑問が全て解消された。もはや修の『友達』として紹介されて違和感を覚えなくなっている自分に、聡太は気付かない。

 勉強が一段落つき、聡太が一息吐いていると部屋のドアが開いた。そこにいたのは一階で遊んでいたはずの啓太と拓。気になって時計を確認すれば時間は午後五時半。衣替えが終わり日も短くなっている今の季節にはもう遅い時間といってもいい。
「……たくちゃんがね、まだ帰りたくないって」
 拓を見ると口を一文字に結んで啓太の後ろに隠れるようにして立っている。理由を聞こうとしたところで聡太の携帯が鳴った。画面に表示される名前は宮守修。電話に出た聡太が口を開くその瞬間、
《小山ー! 拓見なかったか!?》
 拓ならば今まさに目の前にいる。そのまま修に伝えようとした聡太は、もう一度拓を見て、しかし少し気が変わった。
「うちにいる。でも、急いでは来るな、絶対に」
 わかったと返事がきて電話が切れた。でも、と条件を強めに言ったが果たして彼がちゃんと聞いたのかどうか。修が迎えに来ると拓に告げると、嬉しいような、けれど苦そうな複雑な表情になる。
「何かあった、のかな?」
 ずっと口を固く結んだままの拓。聡太が背中を撫でていると、ゆっくりと口を開いた。
「……お兄ちゃんは、」
 修は兄弟みんなが尊敬していて、なくてはならない存在。彼がいるだけで何もかもが違う。
 成はしっかり者。修がうっかりしている分、彼がサポートに回っている。
 照は世話好き。よく拓や陸の相手をして、宮守家の小さなお母さん的存在でもある。
 陸はみんなのムードメーカー。家族内の会話の大部分の中心には彼がいる。
 そんな兄弟に囲まれて、それなら自分は一体何なのだろう、いてもいなくても変わらないのではと悲観に暮れているというわけだった。拓の話に一人非常に既視感を覚えて聡太は首を傾げた。
「僕はたくちゃんといると楽しいよ!」
「けいちゃん、ありがとう……」
 ピンポンとインターホンが鳴った。
 下りて玄関の戸を開けると汗を滴らせた修が息を乱しながら立っている。家から走ってきたのが目に見えてわかった。急いで来るなと言ったのに、この男、全く話を聞いていない。案の定のことに呆れる。
「に、にいちゃ……」
「拓!」
 大声で呼ばれビクッと体を硬くする拓の頬を修が挟んだ。
「みんながどんだけ心配したと思ってんだ!」
 修の顔は真剣だった。真剣に拓を怒っている。笑顔が常の修が人前でもこんなに怒るのはきっと、それだけ彼にとって拓が大事だからに他ならない。
「……でも、何もなくてよかったあ」
 そう言って抱き締めると、今まで泣きそうだった二人がついに泣き出した。たとえ大袈裟だと言われようとも、彼ら兄弟は全てにおいて真面目であってそれが当り前なのだ。そんな二人を見て啓太がそっと聡太の手を握った。
 一頻り泣いて落ち着くと兄弟は聡太たちにお礼を言って帰っていった。陸には内緒だと肩車で歩いていく姿はなんだか微笑ましい。それを聡太の隣で啓太が羨ましそうにじいっと見ている。
「兄さんが欲しいの?」
 その問いかけに啓太は聡太を見てブンブンと首を横に振った。
「だってお兄ちゃんがいるもん」
「僕はおまえの兄さんじゃないよ」
「でも、お兄ちゃんだもん」
 桔平もこんな気持ちだったのだろうか。そうであればいいと思う。
 胸にじんわりと広がった感情に照れながらしかしそれを隠すように、聡太は繋いでいた啓太の手をぎゅっと握った。
・・――サイト案内――・・
                                日記・イラスト・小説を更新していくブログです                               HNの表記は、ひらがなでも、カタカナでも、漢字でも、アルファベットでも何でもよいです                                ほのぼの・ほっこりした小説を目指してます                                 絵に関してはイラストというより落書きが多いかも…                                                      と、とにもかくにも、ポジティブなのかネガティブなのかわからないtsubakiがお送りします
最新コメント
[04/08 つねさん]
[12/10 クレスチアン」]
[03/18 りーん]
[09/30 弥生]
[08/08 クレスチアン]
ポチッと押してみようか
blogram投票ボタン
プロフィール
HN:
tsubaki
性別:
女性
自己紹介:
ものごとを『おもしろい』か『おもしろくない』かで分けてる“へなちょこりん”です
外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
フリーエリア
ブログ内検索
バーコード
アクセス解析
忍者ブログ [PR]
Template designed by YURI