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<成>

 花ちゃんを含むうちの上二人は、恋愛に関して鈍い。相当鈍い。すこぶる鈍い。本当に、鈍い。感覚がないんじゃないかと思いたくなるほどの鈍さを発揮する。
 まだ二人が中学生だった頃の話、兄貴のことを好きだという人間が一人、二人、少なからずいたということを俺は知っている。おそらく兄貴のモテ期だ。一方の花ちゃんは、兄貴なんか目でもないほど男子からの人気を得ていて、それは同級生に限らず後輩から、聞くところによると先輩からも支持があったらしい。兄貴と一緒にいることが多かった花ちゃんは結果的にその他の男子とも交流を持ったことも大きいのだろう。
 しかしながら、兄貴はともかくとしても、花ちゃんさえその矢印に気付くことなく今に至る。知っているのは周りの人間だけだった。理由としては、二人にとって愛だの恋だのというものに興味がないというわけではないが、かといってなくても困らないものだったからに違いない。
 そんな具合だから、花ちゃんなんかは余程押しの強い人間が現れない限り誰かと付き合うことはないだろうと踏んでいたというのに。まさか花ちゃん単品で聡太さんにあんなぐいぐいいくとは思っていなかった。いつもは兄貴と三人セットだから安心していたのだ。みんなが寝ている夜に二人きりとか、正直羨ましい。
 とはいえ、はじめから聞いているけど、どうにもそっち方面に流れる様子もなく、家族や家に対する価値観のような話をしている。人生相談のようなものだろうか。よく理解はしていないけど、やっぱり兄貴が連れてきただけあって聡太さんも『わけあり』のようだ。
 まあ、だからといって別に遠慮とかしないけど。

 可能性は早いうちに潰しておくに限る。元々三日目に海へ行く予定でしかも晴れているし、これだと思った。女の子の水着姿は好きな人にアピールする絶好の機会だ、たぶん。照はというと、色気がどうのというよりスポーティっぽいビキニタイプで、あからさまにため息を吐くと照から抗議の声が上がる。兄としては『ビキニ』という時点で色々言いたいところではあるが、もうちょっと、フリルが付いているとかそういう柔らかい感じでスカートが付いているとかあっただろうに。たしかに照は着そうにないけど、そう、まさに花ちゃんが着ているようなやつだよ、あれだよ。
 海で遊ぶのに聡太さん誘いなよ、と照に提案してみた。照が聡太さんと上手くいけば万事解決、とは言わないけど、それだけ可能性は低くなる。その上照の慌てふためく姿を見られて、一石二鳥どころか三鳥だ。とてもおいしい。妹を利用する酷い兄の図に見えなくもないけど、あくまで利害一致の上での考えであって、純粋に妹の恋を応援する気持ちが地にある。本当だって。
 提案してみたものの、本人が無理と言って頷かないので、仕方ないと自分で聡太さんのところまで歩く。水着になって初めて気付いたのが、聡太さんが本当に細かったこと。ガリガリとまではいかないにしても、兄貴とは違って細いと言われる俺より細い気がして、少し心配になった。もしかして家ではあまりいい扱いをされなかったのだろうか、心労だろうか。俺はすぐに根を上げてしまいそうだった手伝いも自分から進んでするし、勉強を教えてくれるのも丁寧だし、周りに気を配れるところも、すごいと思う。今までどれだけ頑張ってきたんだろう。その努力も顔には出さずに、むしろ何でもないというようにしている。なんだか兄貴や花ちゃんが聡太さんにお節介をする気持ちもわかる気がした。
 そんな聡太さんはさっきまで兄貴たちに付き合わされて疲れたのか、特別に何かをするわけでもなく、波打ち際で足をただ海につけている。名前を呼ぶとこっちを向いてくれた。
「少し深いところまで行ってみませんか? 危なくないところですし」
 腰あたりくらいまでの深さなら問題ない。それだけつかっていればあまり暑くないし冷え過ぎもしないし。とりあえず聡太さんを誘って、その流れで照を呼び、ちょっとして俺が離れれば二人きりになれるだろう。兄貴と花ちゃんは拓と陸の相手をしている。うん、大丈夫そうだ。
「あ……実を言うと、その、泳げなくて」
「え? そうだったんですか」
 兄貴から聞く限り運動神経は悪くないと思っていたんだけど……。ああ、そういえば、あの高校は水泳の授業なかったっけ。
 意外な事実に驚きつつも、聡太さんでも欠点があったことに安堵する。完璧超人とかそういうのじゃなくてよかった。聡太さんの場合、何でもやってのけそうで冗談にならない。
 それならばと、泳がなくてもいいし浮き輪もあると言ってみるけど、微妙な顔をされた。俺は何も変なこと言っていないはず。
「いや、浮くのは浮くんだ」
「なあんだ、じゃあ、あとは手と足で泳げるじゃないですか」
 泳げない人は浮けないことが原因だったりするし、それは泳げる一歩手前の状態ではないだろうか。
「それが、進まなくて」
「へ?」
「小さい頃から教えてもらったり練習もしたりしたんだけど、一向に前に進む気配がなくて。最後に教えてもらった人には匙投げられたくらい。不思議だよね」
 一瞬呆然として固まった後、静かに目を横に滑らせた。
 どういうこと? 浮いて手も足も使うのに進まないなんて謎過ぎて怖いんだけど!
「……その、水泳の授業がなくてよかったですね」
「本当に」
 苦手なことのはずが思いがけず何やら触れてはいけないものに触れてしまった気分になった俺はそのことを自分の胸の内に秘め、照たちのいる砂浜のほうで遊ぶことを提案した。
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<照>

「で、何をそんなにむくれてるわけ?」
 隠そうともせずに笑いで肩を震わせながら聞いてくるなっちゃんに、あたしは別の意味で肩を震わせながらなっちゃんに向かって叫んだ。
「なっちゃんがしたことと、にやにやしてたこと全部にだよ!」
 もー、馬鹿ー! と肺とかお腹の中にあるありったけの空気を吐き切る勢いで重ねた。原因を知っているはずなのにまるで何も知らないかのようにとぼけて、なっちゃんに弱みを握られたら最後だ。本当に意地が悪い。知っていたけど。
 駅から今この瞬間まで、なっちゃんは、あたしが聡太さんのことで起こす一挙一動を目敏く掴んでは自分の笑いの種に変えている。
 駅でそれぞれみんなが手を繋ぐ中、拓が自然に聡太さんの手を取るのを、あたしは羨ましそうに眺めていた。その様子をあろうことかなっちゃんに見られていたことに、なっちゃんが笑っているのに気付いて初めて気が付いたのだ。その上、手の空いた聡太さんが拓と陸の荷物を持ってあげていると、
「照の分、持ってもらえなくて残念だったねー」
 なんて、からかいながら言われて思わず手に力が入る。我慢した。
 電車の中はみんなが座れるほど席が空いていなくて、拓と陸が花ちゃんを挟むように座り、お兄ちゃんがその前に立つ。二駅過ぎた頃、近くに席が空いたのを見つけて移動したなっちゃんは、その去り際にあたしの肩へと手を置くと、グッと親指を立てた。そんなことをされても困ると、それまで隣に立ってくれていたなっちゃんを引き止めようとするも、
「俺、足が疲れたから」
 とか、ありそうな、でもなさそうな微妙な発言をして、必死の訴えも空しく聡太さんの隣でほぼ二人きりの状態になった。せっかくだからと言ってお兄ちゃんたちとは別のところに立たせたくせに自分だけそっちに戻っちゃって、なっちゃんの馬鹿!
「どうだった?」
 と、電車を降りてからなっちゃんに聞かれて、そんなの、ドキドキしっぱなしでどうのこうのの話じゃなかったよ! と噛み付く勢いで盛大に文句を言ってやった。だって絶対に顔が真っ赤なの見られちゃったよ! なっちゃんにも嫌がらせをしてやる、と心の中で固く決めた。
 着いたおじいちゃんの家で、いつの間にかそばにいたはずの拓と陸の姿が消えていて探していた先、なっちゃんに向かって二人がすごい勢いで突進している場面に出くわした。貴重な、なっちゃんのちょっぴり間抜けな感じが見られて、これだと思ったあたしがなっちゃんにその話をしていたら、
「照?」
 と、笑顔で信じられないくらいの圧をかけられ、その恐怖に、ぶわっと全身から冷や汗が吹き出した。なっちゃんのにっこり笑った顔は怖い、まじで怖い! 自然と、ごめんなさいという謝罪の言葉が出てきました。
 勉強の時間には、聡太さんに教えられているなっちゃんに、あたしは勉強を見てもらっていた。
「羨ましい?」
「……そんなこともないこともないこともない、こともない」
 どっちだよ、と笑うなっちゃんにあたしは頬を膨らませる。だって、なっちゃんに教えられるのもわかりやすいから別に不満はないし、もちろん『聡太さんに教えてもらう』というのは引かれるけれど、それはそれでドキドキして勉強どころじゃなくなる自信しかない。全然はかどらなくなる。だから、曖昧で半分半分。どっちも嘘じゃない。
「照は高校どうするの」
 おまえが通う頃には兄貴も花ちゃんも、聡太さんもいないけど。
 なっちゃんに言われなくたってわかってる。中学生になったときにも時々思っていた。せめてなっちゃんみたいに一つでも歳が上ならば、と。そうしたら中学生活も、高校生活も一緒に送れたのに、と。それはただのないものねだりだけど、あたしがお兄ちゃんたちと一緒に学校に行けたのは小学校だけだ。聡太さんとは一回もない。これからも、ない。それでも、
「……同じところ行く」
 それでも別の高校に進学するつもりはなかった。意地、というのもあるのかもしれないけど、単純に利点があるからだ。例えば、お母さんにとっても知った学校になるから三者面談のときや文化祭も要領を得て楽だろうし、授業や先生のこともお兄ちゃんたちから聞けるし、制服は花ちゃんのをもらえばその分お金が浮くし。ほら、得なことばかりだ。
 それに、お兄ちゃんたちがいなくても、
「なっちゃんがいればそれでいい」
 ほう、と言って、なっちゃんはニヤリと笑った。うん、これは大丈夫なやつだ。
「それは兄として何とも鼻が高いね」
「そういうわけで、高校卒業までよろしく」
「はいはい」
 なんだかこの感じだと拓と陸まで来そうだよね、という話になって、二人で笑っていた。
 ――と、和やかな雰囲気もそこそこに、その後も何やかんやいじられるネタは生まれていき、そして冒頭に戻るのでした。

<啓太>

 お兄ちゃんがいない。
 友達と旅行に行くのだと、どうしてだかお母さんのほうが楽しそうだった。お兄ちゃんはいつもと変わらないのに、変なの。そういえばお父さんもなんだかうれしそうだったなあ。
「聡太くんがいないと寂しいね」
 と、お母さんは言うけれど、僕の家の夏休みは去年までこうだった。お父さんは仕事だから、休みの日以外はお母さんと二人きり。部屋を片付けて、宿題をして、友達と遊びに行ったり、お母さんと出かけたり。お父さんが休みのときには少し遠くまでお出かけもして。
 そうだ。お兄ちゃんがいないことのほうが普通なのに、何でさびしがるんだろう。
 夏休みに入って、もともと家にいないことが多かったお兄ちゃんはますます家にいない時間が増えた気がする。朝は一緒にご飯を食べて、お昼は数えるくらいしか家にいなくて、夜は一週間の半分くらい。話したこともほとんどない。それなのに、
「啓太、なんだかつまらなさそうな顔してる」
 困ったように笑いながらお母さんが言った。僕は飲んでいたジュースを置いて、ぐにぐにと自分の顔を触ってみる。
「そうかなあ?」
「お母さんにはそう見えたわよ」
 そのあと鏡で見たけれど、よくわからなかった。
 お父さんが早く帰ってきて三人で晩ご飯を食べていると、お父さんが、
「明日、聡太くんが帰ってくるね」
 と言い出して、お母さんも、そうねと頷く。今日はお兄ちゃんが旅行に出かけて三日目の夜。三泊四日の旅行で、明日の夕方にはこの家に戻ってくるのだ。
「これで啓太のつまらなさそうな顔も元に戻るかな」
 からかうお母さんに、違うもんとほっぺをふくらませる。それは早く帰ってきてもらわないとな、と、お父さんまで言ってくるから、僕のほっぺはもっと大きくふくらんだ。
 別につまらなさそうな顔なんてしていないし、もしそんな顔をしていたとしても、それはお兄ちゃんがいないとかそういうのじゃないもん。
 だって、お兄ちゃんはいっつもむずかしい顔をしているし、笑ったところなんて見たことないし、しゃべる声だって少し冷たい気がするし、僕と目を合わせてくれないし。それに、
「……帰ってきてもまた、お仕事行っちゃうんでしょ?」
 ぼそっと出た言葉に、となりに座っているお母さんが僕の頭をなでた。
 一緒に住んでいるんだから、気になることはおかしいことじゃないでしょう? 本当はもっとおしゃべりしたり遊んだり、一緒にしたいこといっぱいあるのになあ。お兄ちゃんのいる友達の話を聞いていると、すごく羨ましい。
 お父さんが自分のからあげを一個分けてくれた。今度、聡太くんも一緒に四人で食べようねとお母さんが言って、おいしいアイスを買いに行く約束をして、残りのご飯をおいしく食べて眠りました。

<成>

 今、我が家では珍しい光景が見られていた。
 兄貴と花ちゃんが勉強している。定期テストの度に必ずと言っていいほど一つは赤点を取ってくる、勉強の苦手で嫌いなあの二人が、である。一体いつ以来だろうか。記憶している限りでは高校受験の直前が、必死に勉強をしている二人を見た最後だったような気がする。
 そして今、何故そんなに二人が勉強に燃えているのかというと、
「いいか、花? 今年もいっぱい遊ぶぞ!」
「おー!」
「今年は小山も連れていくぞ!」
「おー!」
「そのためには赤点回避は絶対だぞ!」
「合点だー!」
 と、いうことらしい。『連れていく』ということは、なるほど、じいさんの家に一緒に泊まるということか。行き帰りは電車だし、これは、照のためにというか自分のためにというか、色々できそうだ。
 まあ、泊まりについての計画はさて置いて、ちなみに今日は、明日からテスト本番という直前も直前。実は二人がこうして一緒に勉強するのは、この度のテスト期間で今日が初めてだった。何といってもあの兄貴と花ちゃんだ。お世辞にも勉強ができるとは言えない、むしろ、言い方がきついかもしれないが、全くと言っていいほどできない馬鹿な二人が集まったところで効率も何もあったものではない。
「成くん、この単語どう読むの?」
「花ちゃん、辞書」
「成、この感じって」
「兄貴も辞書、引けよ」
 本当、一つどころか二つ下の俺に聞いてくるあたり、たとえ馬鹿と言っても怒られないと思う。一応進むことは進んでいるのだが、二人では進度が亀でもまだ遅いくらいに鈍足も鈍足だった。というか、二人とも、今日はテスト前日だっていうのにそこからなの……。
 そんな二人も頭を使ったようで、昨日までの数日はお互い友達を頼ってそれぞれに勉強していたという。その数日で集めた情報を持ち寄り、最終日に二人で追い込みをしているというわけであった。内容や進捗はどうであれ、兄貴と花ちゃんがまともに勉強しているという時点で褒めていいのかもしれない。なんとハードルの低いことか。しかし、それで現に母さんは感動している。一方で照は珍しさのあまり気味悪がり、拓と陸は大変に面白がっていた。
 残る俺の反応は、呆れ果てる、だ。せっかく友達と勉強していたのなら、何故そのまま最終日まで一緒にやらないのか。効率の点で考えればそっちのほうがずっといいに決まっているのに。
 それでも、やっぱり、最後にはここに落ち着いちゃうんだよねえ、二人とも。花ちゃんのことはちらほら好きという野郎がいたけど、そんなだから二人はいつまでも彼氏も彼女もできないんだって。このままでもできる唯一の可能性もなくはないけど。
 少しにやにやしながら勉強している兄貴と花ちゃんを見つめる。自分に向く視線に気付いた二人が同時に、何? と聞いてきた。それに俺は笑って、何でもないと返したのだった。
<桔平>

 聡太を最初に見つけたのは、実を言うと俺ではない。
「桔平くーん」
 呼ばれて向かった先は常連のお客さんの席。追加の注文かと思いきや他の用があるようで、彼女たちが顔を向けたほうへ自分も向くと、シャッターの閉まった向かいの店の軒下に小学生が一人、雨宿りをしているのに気が付く。知り合いの子供かと尋ねれば、どうやらそうではないらしい。
「あの子、わたしたちが店に入る前からいたんだけど、それからもずっといるし、誰かが迎えに来る様子もないから、その、気になって」
 たしかに、と、頷いていると、ね、と言われたので首を傾げる。
「だから桔平くん、あの子、何とかしてあげてくれない?」
 このままだと風邪引いちゃうわ、と。
 これは面倒なことを頼まれてしまった。それに、『何とか』と言われても、一体何をすればいいのやら……。
 ついでにと受けた追加の注文を伝えに親父のいる厨房へ行き、どうするかと相談した。すると、悩むでもなく間髪入れずに、
「おまえが何とかして来い」
 と、問題を突き返され、次いでお袋のところへも行ったが同じくといった対応をとられた。困っているから相談しに行ったというのに。返ってくる言葉をわかってはいたが、こともあろうに丸投げとは、本当に息子に協力する気なしだな、あの夫婦。
 とはいえ、任された手前、『何とか』はしなければならない。正直、億劫なことこの上ないが、ため息を吐いてから渋々ながらも傘を手に取った。
 ――と、いうのが、実際の裏側の話だ。
 現在はちょうど昼時の客の多い時間帯が過ぎるかというところ。そういえば、先週はこのくらいの時間だったなと思い窓の外を意識していると、控えめにドアが開いた。ドアの鐘もあまり響かない。そろりと窺うように入ってきたそいつはそのまま辺りをキョロキョロと見渡し、俺を見つけると不安そうだった顔から一転して、ぱあっと笑顔を見せた。
「お兄ちゃん!」
「本当にまた来たんだな、聡太」
 先に気付いた俺から聡太のほうへ寄っていく。俺の言葉が気になったのか、来ちゃダメだった? と顔色を見てくるので、そうじゃないとすかさず訂正した。始めて会ったときにも感じたが、少しは言葉を選ばなければならないようだ。
 奥の空いている席へ案内してジュースを運んでやると、いいの? と何度も聞いてくる。果てに、いらないなら俺が飲むぞと言ったらようやく飲み始めた。
「そのくらいしか出してやれないから、それで我慢な」
 ケーキを出してやってもいいのだが、事前に説明しておいたスタッフはともかく他の客の目があるから、機会を見てまた今度にしよう。苦手なものとかも、あったら聞いておいたほうがいいかもしれない。
「おいしい」
「そりゃよかった」
 そろそろ仕事に戻らねば親父とお袋から揃って拳骨の一発や二発もらってしまいそうだ。
 ゆっくり飲めよ、と言って戻った俺は、しかしその後すぐに常連のお客さんを見かけて聡太のいる席まで逆戻りすることとなった。例の常連さんだ。彼女たちの席へ、わけのわからないままの聡太を連れていった。すると、彼女たちも聡太のことに気付いたようで、
「もしかして、あのときの子?」
 と、聡太をまじまじと見つめた。彼女たちが聡太を見つけたのだと説明する。
「ほら、お姉さんたちにお礼言っとけ」
「……あ、ありがとう、ございました……」
 初対面の人間には苦手意識が強いのか、体の半分以上を俺の後ろに隠してしまい、ありがとうも尻すぼみになってしまう。お礼はちゃんと言えと聡太を引っ張り出そうとする俺に、いいよと彼女たちは笑っていた。
「あのあと風邪引かなかった?」
 かけられた質問には何度も頷いて返す。口はどうしたと若干睨みを利かせると、おずおずとではあるものの、元気ですと何とか言葉にした。その言動に彼女たちからは、桔平くん怖ーいと言われてしまった。
「このお兄ちゃんにいじめられたらお姉さんたちに言うのよ」
「店長さんたちにお兄ちゃん、怒ってもらうから」
 え、今のも? と聞くと、頷いて返して愉快そうに笑い、俺は、まじか……と手で額を押さえた。
 聡太と彼女たちは互いに顔と名前を覚え、後々彼女たちは聡太を目当てに店を訪れるようになったのだった。

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自己紹介:
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外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
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