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 おかしい。
 おかしい。おかしい。おかしい。おかしい。
「何か変!」
 花の頬は膨れていた。原因は聡太と修にある。
 年末に二人の間が少しギクシャクしているなと思っていたら、ここ数日は逆に二人して何やらこそこそし始めたのだ。何をしているのか聞いたって教えてはくれずに話を逸らしてしまう。二人とも隠し事が下手だから、いくら鈍い花とはいえ、怪しいと勘付いてしまうというのに。
 そして一番納得がいかないのは、自分は除け者で聡太と修の二人だけというところ。今日だって二人で先に帰ってしまったのだ。そこに限って言えば、花は部活があるから仕方のないことなのだけれど。
「……おもしろくなーい!」
 うがー! と。おおよそ女子らしからぬ叫び声を上げながら部室まで全力疾走していった。

 聡太は目の前の男を、いい加減にしろよ、おまえと半ば冷めた目で見ていた。
 進路について話すと宣言してから一週間は優に経っていた。もう二月も終わりが近い。しかも今は修と成の部屋の前だというのに、ここに来てまだ二の足を踏んでいる。さっさと腹を括ってしまえ。
 じいっと横で睨み続けていると、不安そうに落ち着かない修がぱっと聡太を向いてそれに気付く。聡太は何も言わなかったがその無言の圧力に耐えかねて、ううと唸った。そして観念して深呼吸をすると戸をノックした。
 ちなみに襖である。不格好な音が響いた。戸を開けた先には机に突っ伏して震えている成がいた。笑っている。
 改まった様子で正座をする修は目がキョロキョロと落ち着かない。自分の部屋でもあるこの空間で一番居心地が悪いのは、聡太ではなく修だ。
「な、成、ちょっと、その……実は話が」
「ちょっと待った」
 シリアスな空気も何のその。修の言葉を遮った成は、修と聡太を残して一旦部屋を出ていった。
 暫し固まったまま彼を待ち、戻ってきた成は椅子に座り直すと、どうぞと言って話を促す。再び緊張で力が入る修が、
「……し、進学、がしたいんだ。その、保育士、に、なりたくて」
 言った。ちゃんと、成に言えた。
 強張った面持ちで見つめる修に、けれど成が返したのは意外な言葉だった。
「うん、すればいいんじゃない?」
 修の顔は、ポッカーン、だ。気にせず成は続ける。
「兄貴のことだから勝手に一人で、あとに控える俺とか照のために就職するのが一番だ、とか考えてたんだろうけど」
「……へ? だ、だって成たちのほうが勉強できるし」
「そういう話じゃないでしょ。そもそも俺、進学するつもりないよ」
 興味がないと言い切った成は普段通りの彼で、終始声色も表情も全く起伏がなく落ち着いていた。
「みんなおんなじこと言うと思うよ。大好きな兄貴の夢に反対する奴なんて、残念ながらうちにはいないんですよー」
 さらりと、当然のことのようにそう言える成がとてもかっこよく聡太の目に映った。そのまま成は席を立ち、修を通り過ぎて聡太の隣に移動する。
「さあて、兄貴。一段落したところで、他にも話す相手、いるんじゃないの?」
 聡太が成とアイコンタクトして頷くと、後ろの戸を勢いよく開けた。
「……は、な? へ、あ、と……何で?」
 戸惑いを隠せない修に成はにやりと笑う。部屋の前に立つ花の頬には涙の筋が残っていた。そして、怒っていた。全部聞いていたのだ。そう、成が一度部屋を出て戻ってきてから、ずっと。
「修くんの、馬鹿あ!」
 これまた勢いよく突進してきた花に倒れ込んだ修が、ようやくことの状況を理解したようで、小山あ……と恨めしそうに聡太を睨む。聡太は目を逸らしながらも素直に謝った。だって花に、教えてくれるまで逃がさないと迫られたのだ。修に申し訳なく思いながら、けれど花に負けた。
 聡太と成は部屋を出る。その間際、
「あ、照は大学行きたいみたいだから、そのあたりは考えておいてね」
 言い残されて戸も閉められた。
 小さい、花が泣いている音だけが響いた。その途切れ途切れに、何で自分には話してくれなかったのだと修を責める。
「いや、だってかっこ悪いじゃん」
「そんなの今更じゃん……かっこ悪いのも修くんじゃん……」
 花の言葉にぐうの音も出ない。再び言葉が詰まる。これはグッサリときた。聡太も成も、花も痛いところを突いてくるものだ。
「あたしは、修くんの何なのさ……」
 馬鹿馬鹿と繰り返し呟く花に修が宥めるように頭を撫でながら、次からは真っ先におまえに言うよと約束すると、小さく、うんと返ってきた。
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 着いた先は布美の家の聡太の部屋で、一つ写真立てを修に手渡した。
「これ、昔のか?」
 映っていたのは幼い頃の聡太だった。隣に大人が二人一緒に写っている。布美と利也ではない。そう、両親が亡くなる前の写真だ。写真の中の聡太は、現在とはまるで別人かのように笑っている。
 わけがわからないといった修に、聡太は話し始めた。両親が死んでしまってから今に至るまで。包み隠さず。自分のことを話すのが、これから話すことの大前提で礼儀であるように思ったから。
 聞き終えた修は複雑そうな顔をしている。予想はしていた。
「……もしかしたら僕は疫病神なのかもしれない」
 そう言うとポカンと首を傾げたが、次の言葉を聞くと、ハッと修が顔を上げてしっかり聡太を見た。
「でも、それが僕の全てじゃない」
 当たり前だけどやっと気付けたこと。そして、聡太にとってとても大事なこと。
「今はそんなふうに笑うことはできないかもしれない。でも、たしかに笑えていたときがあった。それは事実だ。嘘なんかじゃない」
 この写真立てを立てられずにいたのは、昔の自分を直視できなかったからだ。そのときの環境も自分も用意できない。変わってしまった事実を認めることが怖かった。だから過去に蓋をして、今現在のが唯一の自分なのだと言い聞かせて。
 けれど吹っ切れた今は過去の家族も飾っていられる。幾年振りかに日の光を浴びた三人の笑顔は、記憶しているよりも眩しく感じる。
 今の僕にはかすかに残る要素の一つに過ぎないけれど、それがどんなにちっぽけでも僕をつくっている一つだ。
 おそらく修も。なあ、同じだろう。
 少し笑って修を見ると泣きそうな顔をしていた。小さく、けれどしっかり、おうと言った。
「たしかにおまえはどろどろ暗いのかもしれない」
「……でも、それが俺の全てじゃない」
 今度は一転ニカッと笑った。修の目に涙が滲んでいるのは、きっと、気のせいではない。けれどそれ以上増えてこぼれることはなかった。
「はは。魔法の言葉みたいだな。すっげえ不思議だ……」
 スッと写真を聡太に返した修は大きく息を吐くと、疲れたのか少しぐったりと座っている。
「小山には助けられてばっかりだな」
 しみじみ話す修に、何のことだと思った。わざわざ口に出しては言わないが、むしろ助けられたと感じているのは聡太である。わけがわからず眉間にしわを寄せる聡太を見て彼は軽く笑った。
「いや、こっちの話。何て言うか、誰かに何かできると自分が持てるから。たぶん自己満足」
「……ナルシスト」
「言ってくれるなよ」
 良く言えば献身的、悪く言えば自己犠牲的。修が自分を肯定する意義として、例えば花であったり聡太がいる。人は一人では生きていけないと言うが、彼の場合は極端過ぎる。だから進路といった『自分の』問題になるとひどく視界を失ってしまうのだ。頭がパニックを起こして周りが見えなくなる。
 お節介、お人好しもこうまで拗らせてしまうものかと聡太は呆れた。本人も自覚しているようだ。少なくとも聡太にはそこまでできそうもない。
 たとえ、自分が彼の自己保持のために手段とされていると知ったとしても、修に幻滅するなんてことはない。聡太も。
 花だって、そうだ。
 だって、それはあくまで結果論に過ぎないのだから。修の頭はそんなに良くない。このことは聡太の胸の中だけにしまい、そう伝えると、そっかなと安堵するも不安をぬぐい切れない修がため息を吐いた。
「……よし。俺さ、話すだけ話してみようと思う」
 自分の夢。なりたいもの。そのための進路。
 両親の前に、まずは成に。花にはいつ言うのかと聞けば、最後と返ってきた。全てが終わってからの、事後報告。
「絶対、怒るぞ」
「だよなー。うわー……」
 秋に、二人揃って花に怒られたときを思い出した。もちろんあのときとは事情なり状況なりいろいろと違うのだけれど。少なくとも花のご立腹された顔を拝むことだけは違いない。
 これからのことを考えるだけで頭が痛くなりそうだ。修はちょっとした胸のむかつきに見舞われている。頼むからここで吐くなよ。
「大丈夫かなあ……」
 一気に不安が募ってそれを露にする修。毎度毎度、本当に彼に救われたのかと思わず疑いたくなってしまうのだが、むしろこうでこそ修なのだ。明るいだけの修だったのなら聡太はここまで変われなかった。ギャップあってこその彼だから救われたのだと、何もマイナスばかりに働くわけではないのだなと感心せずにはいられない。
「こ、小山あ。付いてきてくれよお」
「……わかった、わかったから」
 目の前の、大いに取り乱す修に呆れながらも、たしかに聡太には頼もしく見えたのだ。
 ……不思議だけれど。

 聡太は週末に修を呼び出した。無理にでも引っ張り出すつもりでいたが、修は警戒心を丸出しにしながらもなんとか応じて二人で近所の公園にいる。
「……おまえは、話さないな、自分のこと」
 それぞれが公園に置かれた、少し年季の入ったベンチの両端。男同士がくっついて座るのもなかなか珍しいものだろうが、今のこの距離は二人の心の隔たりをそのまま表しているように見えた。見えない壁が二人の間に存在しているのだと、そうとしか思えなかった。
 聡太は前を向いたまま。修も前を向いたまま。二人の視線が交わることはなく、長い沈黙を聡太が破っても修は口を開こうとはしなかった。いつもならばよく回るその舌は、今日は少しも動いていない。
「やけに大人しいな」
 返事はない。聡太はあまり自分から話すようなことはないから、だからどうしても破った沈黙が再び戻ってきてしまう。かといって本題を切り出そうにも避けられてしまうのは目に見えているし。本当に、
「らしくない、か?」
 ようやく聞けた声に、けれどその声にいつもの張りはなく、聡太が視線を横にやる。自嘲するように笑う修がいた。
「小山もやっぱりそう言うのか。俺も、そう思うよ。でもさ」
 そこから少しずつ言葉が増えていく。
「俺らしいって何だ? 明るい? お節介? 図々しい? やかましい?」
 ああ、自覚はあったのかと聡太が心の中で呟いた矢先だった。
「……けど、そんなの本当の俺じゃない! ……本当の俺は、もっと、どろどろとしていて暗い……」
 修が声を荒げて叫んだ。やっと聡太に向けた修の顔は怒っているような、苦しそうな、悲しそうな、そんな負の感情がない交ぜに歪んでいた。
 本人の言う通り、今こうして聡太に見せているのが本来の修なのかもしれない。自分の、ビリビリに破かれた進路調査書を聡太から取り返したときに一瞬見せた顔も。内に踏み込もうとした聡太を拒絶したときも。その一片が見て取れた。
 それならば、今となっては見る影もない普段の彼は……。
「演技、みたいなもんだと思う。周りのイメージと自分の理想が合わさったキャラクターというか、何というか……」
 修の言うことは聡太にもわかった。
 理想と現実にギャップがあれば、そしてその差が大きければ大きいほど周囲とトラブルが起こるリスクは高まる。どうやっても完全な一致は無理な話で、いかにトラブルを避けながら素の自分を出していくか、あるいはいかに自分を理想に寄せていくかは当人次第。聡太は理想と現実とを割り切り、そして修は後者を選んだ。どちらが正しいのかなどそういう類の話ではないし、修の選択に異を唱えるつもりは一切ない。
 ただ、一つ聡太がいただけないのは、
「みんなが思っているような俺なんて、全部、嘘っぱちだ……」
 理想の存在の否定だ。
 あの、明るい修はいないのだと彼は言う。もちろん理想は理想に過ぎないのだろう。けれど、たしかにあの修は存在していたというのに。あの修と一緒に過ごした自分たちの時間はたしかに、幻ではなかったというのに。
 堪らず聡太は修の真正面に立ちはだかった。
「それなら、あいつや僕が積み上げてきたものも、全部、嘘だったって言うのか」
 静かに、けれど怒っていた。聡太の目が鋭く修を捉えている。以前に修の前で声を荒げたことがあるがそれとは違う。決して全てが感情的ではない、むしろ冷静で理性的なその雰囲気と言葉にばつが悪くなった修は、それはと濁すも上手く言い返すことができない。目も泳ぐ。
「それだけは、絶対に言わせない」
 態度を崩さず、彼に圧ものを見せるために聡太は、来いと強めに言い、場所を移した。

 希望を伝え、本命と滑り止めを含む志望校がほぼほぼ固まりつつあった聡太の顔は、冬空の下、すっきり晴れ晴れとしていた。白樺には、変わったなと言われた。聡太もまたそう思っている。
 二月半ばに差しかかった学校はなんだか浮き足立っている。その上現在は放課後で、一時間待っていろと言いつけた修と花は聡太を置いてそそくさと帰ってしまうし。仕方がないので課題を片付けることにした。ありがたいことにいつものクラスメートが付き合ってくれていた。
「あーあ、結局今年も一個ももらえなかった!」
 今までなんとか保っていた集中力もいよいよ切れてしまった彼はため息と共に項垂れた。
 もらえなかった? 一体何を?
「でも、もらったらもらったで三倍返しとか聞くよ?」
 慰める友達に、そういうの言わない子からがいいの! とか。そもそももらうことに意味があるの! とか。
 三倍返し? だから、一体何を?
「何の話?」
 話に入れない聡太に、とぼけているように見えたのか、クラスメートが、またまたあと、
「何って今日は……」
 あ、と聡太が声を漏らした。クラスメートの先にある時計がすでに一時間を過ぎたことを告げている。早く帰らなければ。家で啓太が待っているのだ。
 自分から聞いておきながらクラスメートの言葉を遮った聡太が、ごめんと謝ると、じゃあなと言って彼らは教室から去っていくのを見送った。
「……小山はもらってそうだよな、チョコ」
「そうだね」
「え! まじか!」
 こんな会話が繰り広げられていたなど、聡太は知らない。

 学校を出てから角を曲がった先で制服姿の照が聡太の視界に入ってきた。誰かと待ち合わせているふうに見える。
 このまま帰ってしまおうか。
 けれど彼女は聡太の帰る先にいる。彼女と顔見知りではあるし、以前に成から声をかけてもらったこともある。
 意を決して照に声をかけた。それはもう、たどたどしくぎこちない。恥ずかしさのあまり顔に熱が集中してしまいそうだったが、声をかけられた照がそれを上回って驚き頬を赤く染めているのを見て、なんとか冷ますことができた。
「えっと、あの……その、お話が、ある、んですけど」
 なんと、照が待っていたのは聡太だった。ここで聞こうかと尋ねると照はブンブンと首を横に振って、歩きながらでと控えめに答えた。
 ゆっくりと歩いていく。歩幅の大きさも歩く速さも聡太のほうが上で、照のペースに合わせて並んだ。
 そこに会話はなかった。聡太は気を利かせて話しかけるなどということはしなかったし、照は照で黙ったまま俯いて歩いている。こんなとき、修ならばうるさいほどに何かしらペラペラとしゃべるのだろうか。
 学校から大分離れて人もまばらになってきた。ようやく照が聡太の名前を呼んだ。彼女の足が止まったので聡太も止まる。照を向くと、彼女が何か持っていることに初めて気が付いた。
「そ、聡太さん! あの、これ作ったので、よかったら……」
 何、と聞くと、チョコと返ってきた。
 学校のそわそわした空気。もらう、もらわない。チョコ。
 ……そうか。今日はバレンタインデーか。そういえば一週間ほど前に甘いものが好きかとか、具体的にチョコはどうかと花に聞かれていたのだった。
 いいの、と確認すれば、何度も何度も繰り返して頷くので聡太はお礼を言った。誰かから何かをもらうというのはなかなかに嬉しいものだ。
 チョコを渡し終えたあとももじもじしながら何かを伝えようとする照に聡太は首を傾げる。
「……好きです!」
 思わず面食らった。それは告白にではない。まるで苺のように真っ赤にしながら、それでもしっかり聡太の目を見続ける彼女に、だ。
「よかったら、付き合ってもらえれば、嬉しい、ですけど……」
 一度目を逸らすも再び照は聡太と目を合わせ直す。
 以前の聡太なら、相手が彼女であっても素っ気なくあしらったことだろう。けれど、今の聡太は違う。
「……やりたいことが見つかったんだ、やっと」
 夢を見つけて走り出したばかりの聡太には、脇見をしながらなどという器用な真似はきっとできない。
「だから、気持ちだけ、もらうね」
 照は真剣だった。だから視線を外すなんて、それは失礼なことなのだ。
 聡太も真剣だった。けれど、その表情は柔らかかった。
「ありがとう」
 すっと出てきた言葉に、照は涙を瞳に溜めて、それでも笑った。
「ありがとう、ございます」
 瞑った拍子に涙が頬を伝った。

 一度席を立って戻ってきた布美の手には封筒が握られていた。目の前にスッと差し出され、今度は聡太がポカンとする番だった。
「お盆のときに、治久さんから預かっていたの」
 お盆。思い出されるは小山家の集まり。聡太が挨拶だけ済ませて姿を現さなかったあの席。あのとき。
 目をまあるく見開いて、そうっと、恐る恐る、渡された封筒を手に取る。中には手紙が一枚入れられていた。それを開いて布美を見ると彼女は静かに頷いた。
「大丈夫。今の聡太くんなら、大丈夫」
 聡太くんへで始まったその手紙の字は正しく治久のものであった。丁寧にきっちりと書かれた字は、治久の性格をよく表していると言える。おそらく、何度も書き直してやっと一枚に収めたのだろう。
 本文は謝罪で始まった。すまないと、本当に申し訳なかったと。聡太は顔をしかめた。彼に謝ってほしいことなど何もないからである。
 その聡太の表情を変えたのもまた、次の文だった。新しい勤め先が決まったというのだ。それは治久からの何よりの吉報で、罪悪感を抱いていた聡太は救われた気がした。
 眉根を寄せたり、かと思えば表情の筋肉が緩んでみたり。手紙には初めて聞かされる治久の本音もあり、一行一行読む度に色んな表情を聡太は見せた。その様子は一人百面相。聡太のことを知っている者からすれば大変貴重でおもしろいものだった。
 普段は感情を露わにしない聡太を、見事ここまでも翻弄した治久の手紙は次のように締めくくられていた。
 君と、一時でも共に過ごせてよかった、と。
 許されるのならば、君の幸せを願わせてほしい、と。
 ぽろっと、聡太の目から涙が落ちた。内容を知らない布美と利也もさすがに動揺して心配する。どうしたの、と近寄る。
 ずっと、自分は疫病神なのだと思っていた。誰かを、不幸にはしても幸せにはできないと。だから自分が幸せになりたいと願うことなど許されないのだと。誰に言われたわけでもないのに戒めて。ずっと。ずっと。
 きっとごまかしていた。自分の気持ちに、欲に気付かないふりをして。冷めることでそれに蓋をしていた。桔平は気付いていたのだ。修たちと過ごしていくうちに、それは無視できないほど近く大きくなって。これは第一歩だ。きっと。そうだ、きっと、
「……僕は、幸せ、だったんですね」
 震わせながらも、ぽつり、ぽつりと聡太は言葉にした。次第に大きく、はっきりした音に変わっていく。
「僕は、これからも、自分の幸せを願ってもいいんですね……!」
 聡太の言葉を切れさすまいと両手で口を覆っていた布美が、ついに耐えかねて聡太を抱き締めた。布美も利也も気持ちが言葉にはならなかった。その中でただ一人、聡太だけが布美の胸の中で細々と、けれど強く思いを呟く。
「……幸せに、なりたいなあ」
 意識して口にしたのではない。心の底から出た、嘘偽りのない聡太の願いの現れ。布美は聡太の手を握って、うん、うんと何度も頷いた。利也は聡太の頭を優しく撫でた。三人が三人、それぞれ涙を流して。
 このとき、聡太はあることを決めていた。

 聡太が部屋に戻り再び二人きりとなったリビング。湿っぽさはどうしても残る。涙の名残も消えてはいない。
 布美の口から吐いた息と共に言葉がこぼれた。
「……よかった」
「うん」
 利也はただ頷いて聞いていた。横に置かれた酒を手に取り一口含む。
「よかったあ」
「……うん」
 一度は止まった涙がまた溢れ出てきた布美を、利也がもう片方の腕で胸に抱いた。
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自己紹介:
ものごとを『おもしろい』か『おもしろくない』かで分けてる“へなちょこりん”です
外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
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