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<修>

 小さい頃はよかった。
 目の前のことだけで、余計なことを考えなくてもよかった。だから、俺は『俺』でいられた。親が弟や妹に構い切りで寂しいことはあったけど、それでも二人はちゃんと俺のことも思ってくれていると知っていたからそのくらいの我慢なんて全然苦じゃなかった。
 『兄』でいるのは誇りだった。弟や妹が増える度にもっといい『兄』になろうと頑張った。残念ながら完璧とは程遠くて、自分が理想とするような『兄』にはなれなくても、弟も妹も、みんなが自分のことを好きだと言ってくれる。とても嬉しい。
 自然と幼稚園や学校でも同じように振る舞った。家で通用していた『兄』は、何故か外では『ひょうきん者』として俺のキャラに定着してしまった。とはいえ、外での話を持って帰って弟たちに披露すると笑って喜んでくれたから俺はそれで満足だった。
 花が家にやってきた。誘ったのは、俺。最初は警戒心が剥き出しの花だったけど、今ではすっかり馴染んでいる。家族みたいな、いや、もう家族も同然だ。
 ある日、花が言った。
「修くんって保育士さんに向いてそう」
 花は俺を褒めちぎった。
 世話好きで。小さい子が好きで。人のことをよく見ていて。困っていたら助けたくなるお節介さんで。優しいだけじゃなくて怒るところはちゃんと怒ってくれて。でも、やっぱり優しくて。
「あたしのいたところにも修くんがいたらもっと楽しかったんだろうなあって思ったよ。だって修くんのこと大好きだもん!」
 その日から保育士になることが俺の夢になった。
 中学に上がって、進路について勉強する機会があった。夢ができたとはいっても何をするわけでもなく、高校を出て、もっと上の学校に行って色々勉強してなるものという、薄らとしたイメージを持っていただけ。小学校ではなんとかなっていた勉強も中学生になってそろそろ音を上げたくなってきていた俺は、更に全然頭になかったお金のことも絡んできて一気に目が回った。
 苦手な勉強をもっともっと頑張らないといけなくて。
 勉強をするにも、そもそもこんな見たこともないような桁のお金が必要で。
 俺にとっての一番の優先順位は弟や妹の『兄』であること。後ろにまだ四人も控えているのに、俺の夢のために、俺のなんかために大きなお金を使ってしまったら俺は『兄』でいられなくなると、そんな考えが頭に浮かんだ。
「保育士を目指すのやめる」
 花にそう言うつもりだった。高校は出るにしてもそれから働いて、それで成たちに『兄』として可能性を広げてやろうと考えていた。
 でも、言えなかった。
 花のキラッキラと笑う顔を目の前にすると、すぐそこまで出かかった言葉が、まるでせき止められたかのようにピタッと、それ以上は上ってこなかった。逆に引っ込んでいった。
 言おうと思って決心して、でも言えなくて。言おう、言えない。言う、やっぱりできない。
 そうやって何回も何回も繰り返して、ついに熱を出して寝込んだ。
 俺は、俺がどうしようもなく小心者だったということを、そのときようやく思い出した。
 それから、今まで無意識下にあったものが意識している中で、違った二人の『俺』が存在するようになった。

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<照>

「小山くん、甘いもの問題だって!」
「そうなんだ! わあ、わあ……花ちゃん、何作ろう?」
 うちでは毎年、バレンタイン用のお菓子を花ちゃんと一緒に作っている。パソコンなんて高価なものは家に置いていないから本屋さんでレシピ本を買って、本を見ながら何を作ろうかと考えるのがとても楽しい。
 それぞれの家族と友達の分、それを二人で大量生産して配るのが毎年のこと。でも、今年は聡太さんに渡したいとあたしが話したら、
「じゃあ、とりあえず照ちゃんは小山くん用に専念して、いつもの大量生産はあたしがするよ」
 と、気を利かせてくれるし喜んで協力してくれた。ありがとう、花ちゃん!
 そうそう。バレンタインといえば、うちでは毎年目を逸らしたくなるような、女子からすると大分惨い光景が台所で繰り広げられている。バレンタインって心躍るようなイベントだけど、あたしが楽しいと感じるのは当日の家に帰るまでだ。
「わー……今年も相変わらずすごいね、なっちゃん」
 台所にはもらったチョコが詰められている袋を持ったなっちゃん。袋の中身をテーブルに広げて、義理も本命も入り交じったそれを淡々と仕分けていく。あたしはその様子を、今年も始まったと、呆れというか、もはや諦めた顔で見つめていた。
 そこそこ顔が整っているなっちゃんは、まあその他諸々の要素も含めて女子に割と人気がある。恋愛的な意味でも友達的な意味でも。だから、毎年のバレンタインには学校でおそらく一、二を争う数のチョコをもらって帰ってくるのがお決まりだった。あたしに友達にもなっちゃんにあげている子がいる。
 量があるからあたしたち兄弟にもおこぼれがあって、一見おいしいイベントに何が問題なのかといえば……、
「よし、やるか」
 用意されたボウル。仕分けされたあるグループのラッピングを端から解いていって、容赦なくそれに全部入れる。入れられたのは固形チョコやトリュフといった溶かして固めました系のチョコ菓子。別で用意していたお湯の入ったボウルにチョコの入ったボウルを重ねてなっちゃんは湯せんし始めた。原型がなくなっていくチョコたちを見て、うわあ……と思わず渋い顔になる。
 きっかけはいつかのバレンタイン。何かとクールにみられることが多いなっちゃんはもらった中にビター系のチョコもいくつかあって、知らずに食べたなっちゃんは口に入れた瞬間、即行で飲み物で流した。
 というのも、なっちゃんは甘いものが好きで、
「甘くないお菓子なんてお菓子じゃない」
 と、言うくらいお菓子は甘いものでないと駄目なタイプの人間。それからというもの、もらったチョコが甘いか甘くないかわからないから全部自分でもう一度溶かして固めてから食べるようになった。ケーキ系はさすがに崩すことはないけど、一口食べて味を確認してから苦いものには砂糖や蜂蜜をかけて食べている。もういっそ食べなきゃいいのにと思って、なっちゃんにそう言ったら、
「一口も食べないのは失礼じゃない?」
「混ぜるほうが失礼じゃないの?」
「食べないよりは食べたほうがいいでしょ」
 と、返ってきた。
 ……いや、もう何が失礼で何が失礼じゃないのかわかんないよ。
 溶かされたチョコが型に流される。あとは冷蔵庫で固まるのを待つのみ。今年も彼女たちの気持ちとチョコは見事に犠牲になりました。『作業』をしている間、なっちゃんが躊躇ったことは一度たりともない。悪びれもなくやっている。ある意味すごい。というか、なっちゃんは色々すごい。
「ねえ、宮守先輩、チョコ食べてくれた?」
 と、翌日、感想が気になって聞いてくる友達の顔を、あたしが申し訳なくてまともに見られない。たぶん、あたしの表情は若干死んでいる。
 家族と花ちゃん以外は誰も知らないとはいえ、そんなことをしているなっちゃんが何故変わらず毎年チョコをもらえるのかといえば、結局のところお返しをちゃんとしているから。バレンタインにあたしたちがするようにホワイトデー前日にはお菓子を大量生産して、当日お返しできる人にはお返しをする。一つ違うのは、それぞれラッピングはせずに、ビニール袋にまとめて詰めたものを方々に回って一つずつ取って食べてもらうスタイルなところ。とてもなっちゃんらしい。
 でも、やっぱり混ぜて溶かして直して固めて食べるのはどうかと思うよ。

 ちなみに今年のホワイトデー。
「あれ? 照、どうかしたの?」
 あたしの後ろから顔を覗かせて、気付いたなっちゃんは一瞬体を硬直させた。
「……それ、もしかしてバレンタインのお返し?」
「聡太さんからもらいました……」
 なっちゃんが、うわー……とこぼしたのが聞こえた。向かいに座ってそれをじいっと眺めている。
「これはなかなか……えぐいね、聡太さん」
 聡太さんからお返しとしてもらったのはシフォンケーキ。聞いていた通りの春っぽい柔らかい色、ふわふわ、食べきりサイズ。細やかな気遣いが感じられて、たとえふ……振られて、いようとも、女子ならきゅんと心を掴まれそうになる『お返し』だけど、それを素直に喜べないのは、パッと見お店で売られていると言われても納得してしまうこの『お返し』が実は聡太さんの『手作り』だから。
「こんなものまで作れるとか、聡太さんって何者……」
 夏休みに泊まりに行って聡太さんが料理できることはわかっていたけど、また一層、よりすごいというのを思い知らされたというか何というか……。
 振られた傷が癒えていないのと、お返しと聡太さんの手作りが食べられる嬉しさと、女子としての情けなさと。色んな感情が混ざりに混ざって、今のあたしは、きっと何とも言えない顔をしている。目の前のなっちゃんが苦く笑っているのは聡太さんの『お返し』を見てなのか、それともあたしを見てなのか。
 うう……でも、やっぱりおいしいです!

<治久>

聡太くんへ

 元気にしていますか。君が読んでくれるかはわからないけれど、君への謝罪と、それからお礼を伝えるために筆を執りました。
 うちでの八年間は、聡太くんの大切な時間を奪うようなことになって、非常に苦しい思いをさせて申し訳なかった。私たちが君にしてきたことは決して許されることではないけれど、どうか謝らせてほしい。
 聡太くんには悪いことをしてしまったけれど、私たち家族は君にとても感謝しているよ。
 私は随分と長い間、体裁を繕うことに神経を注ぎ込んでいたようだ。家族も形としてなんとか成り立っていたに過ぎない。そのことに気付かせてくれたのが他でもない、聡太くん、君なんだ。君がいなければ、おそらく私は家に目を向けることなく今も生きていたに違いない。君のおかげで私たち家族は変わることができた。
 情けないことにはじめは春樹に頼りながらやっとだった生活も、今では私も定職に就いて安定してきました。聡太くんが新しい地で頑張っているかと思うと私も負けていられないと勤め先を探して、運よく雇ってくれる先が決まりまた働けるようになった。
 だから、安心してください。
 あのとき、琴子は君のことを『疫病神』と叫んだけれど、私たちは君に救われました。直明と江美さんがいつも幸せそうに笑っていたことをよく覚えている。君は疫病神なんかではなくて、むしろ、周りに幸せを与える『福の神』ではないだろうかと私は思うよ。
 だから、自分が幸せになれる道を選んで生きていってください。
 布美さんの家での生活はどうだろうか。布美さんや利也さんは聡太くんのことを自分の子供のように思ってくれているとても優しい方たちだから、きっと君のことを温かく迎え入れてくれたと思います。うちではできなかった分、布美さんたちに甘えるといい。彼女たちは喜んでくれるはずだ。
 私も、琴子も、春樹も。みんな後悔している。
 君を見られなかったことを。君の助けになれなかったことを。
 本当に、申し訳なかった。
 それから、本当にありがとう。
 君と、一時でも共に過ごせてよかった。
 許されるのならば、どうか君の幸せを願わせてほしい。
 私たちはみんな、君が幸せで笑って過ごせる未来を願っています。

追伸
 聡太くんが布美さんの家へ引っ越してから藤谷くんという男の人に会ったよ。
 あのような生活の中で君がいい人に出会えたようでとても嬉しいです。

<白樺>

 別に、端から教師になりたくてなったわけじゃなかった。
 元々は他の職を目指して大学に進学したのに、人生とは不思議なもので、友人に言われるがまま興味本位で取っていた教員の単位を最後まで取り切って、結局は教師の道を選んでいた。当時は随分と驚かれたものだった。俺が一番驚いている。まさか教師になるなんて入学した頃の自分は思いもしなかっただろう。
 尊敬する先生はいても目指すべき教師像なんてものがなかった俺は、代わりに教師になってやりたいことを決めた。それは『生徒に積極的な進路選択をしてもらう』こと。自分の経験則からだった。それまで信じて疑っていなかった自分の進路に突如湧いて出た『教師』という選択肢。最初こそ戸惑ったが、それでもあのとき必死になって自分の進路を改めて考え抜いたから今こうして教師として生きていけているのだと思う。とりあえずなんてことで決めていたらつらくなったとき後悔するに違いない。そんな後悔を生徒たちにしてほしくなかった。
「うおあっ、いって!」
 と、声を上げるほど実際は痛くなかった。びっくりして声が出ただけだ。
 書類を探っていた俺の手にチクリと刺したのは、宮守の進路調査書だった。クラス全員分のプリントが重ねられた中で一枚、こいつのだけ厚くて硬い。原因は部屋の照明を反射しているこのテカテカのセロハンテープ。裏面のみならずご丁寧なことに表まで、破れた欠片を修復するためにキッチリ貼られている。もはやラミネートかよ。余程慌てて貼り合わせたのだろうと、宮守が焦って一生懸命に作業している姿が目に浮かぶようだった。
 そして、自分の進路を見える形として字にして書くという作業が宮守にとって本当にきつい作業だったんだなあとも思った。
 クラスでの普段の姿はよくいるお調子者といった感じで、常に誰かと一緒にいる。寺岡とが一番仲がいいようだ。小山を構っているのもよく見かけた。勉強は苦手のようだった。それを指摘したら、そうなんですよねえと笑ってごまかすように言っていたのを覚えている。三者面談で成績の話をしたときも同じふうに笑っていた。
 そんな宮守が顔を強張らせるのは決まって進路の話が出たときだった。必ず言葉が詰まっていた。口にする言葉を選んでいて、まるで自分に言い聞かせるように。しかし、納得はしていないという印象だった。
 この、テカテカで、ボールペンじゃ字もろくに書けないような進路調査書を提出してきたときに、俺は新しい紙を一枚、宮守に渡した。
「もう一回書いてこい」
 本当に自分でその進路にすると決めたのなら、千切った紙ではなく新しいきれいな紙に書いてこられるだろうという、確認みたいなものだった。意地悪をしたつもりは毛頭ないが、まあ、自分でもなかなか酷いことをしたなあという自覚はある。友人にはしばらく『鬼教師』と呼ばれた。
 言ってすぐに宮守は顔を顰めた。テカテカの進路調査書は一応受け取っているから強制ではない。そのまま書かないという選択も、そもそも受け取らないという選択もできる。が、宮守の性格上ちゃんと受け取って、そして悩むにしろ悩まないにしろちゃんと書いていつか持ってくるのだろう。
 あー……訴えられたらやばいかなあ、俺。
 なんて、若干ビビりながら新学期が始まった。宮守に渡した新しい進路調査書はいまだ提出されていない。俺が担任できる期間は残り少ない。三年生の受験が本格化してピリピリした職員室の空気に当てられたのか、俺もなんだかナイーブになってきている気がしていた。
 しかし、俺の腐りかけていた気分を吹っ飛ばすような出来事があった。小山だ。ずうっと就職就職と頑なに言っていたあの小山が進学も考えたいと言ってきたのだ。あの小山が! 転校してきてから宮守たちと関わっていく中で少しずつ変わっていっている小山を見てきただけに、最高にうれしい変化だった。こういう生徒の変化や成長を間近で見られるから教師をやっていてよかったと心底思う。
 これはうじうじなんてしていられない。まだあと二ヶ月ほど残っている。まだまだ俺はあいつらの担任だ。小山はきっともう大丈夫だろう。最後は宮守だ。
 よし、と気合を入れ直した。
「宮守の奴、いつ持ってくるかなあ!」
 俺の言葉にもう不安な色は一切混じっていない。宮守がどんな決断をしようと、そっからあとのサポートはいくらでもする。俺ができることは惜しまないつもりだ。
 どんなんでもかかってこい!
「なんだか楽しそうですね、白樺先生」
 隣の同僚に訝しげな顔をして言われた。職員室で今、そんな雰囲気なのは俺だけだ。だが、これが楽しまずにいられるだろうか。いや、いられるわけがないだろう!
「そりゃあ、楽しいです!」
 笑って答えると、釣られて同僚も小さく笑みがこぼれていた。

<聡太>

「聡太くんはお節料理で何が好き?」
 新年がじわじわ近付く十二月の終わり頃。大掃除をすっかり済ませた叔母の家ではお節作りの真っ最中だ。普段のご飯でも少しずつ手伝うようになっていた僕は布美さんに頼まれてお節作りにも参加している。
 僕の母は随分と料理の腕が立つようだった。僕が料理をしているのを見て、やっぱり姉さんの子ねと布美さんはよく口にする。布美さんはまだまだ母さんの作る料理ほど上手くならないという。
 そんな母さんのおいしい料理の味を、僕はもう覚えていない。母さんのことだから今の布美さんのようにお節も作っていただろうけど、食卓の上に並べられたその見た目も味も、何もかもが僕の記憶には残っていなかった。もう二度と味わうことのできない母の味を忘れてしまったというのは少し寂しかった。
「強いて言えばおなます、ですかね。栗金団とか甘いものも好きです」
 代わりに覚えているのは桔平さんの家の味。紅白のおなますは一般的なにんじんや大根を使わずにビーツとかラディッシュとか、あとはねぎとか、色が合うように野菜を用意して毎年何かしら違うから楽しみだった。お店柄洋風にできあがることが多い。お正月用のケーキの試作で栗金団や黒豆の甘いお節もよく食べていた。今年はどんなお節を作っているんだろう。
 それから、桔平さんの家よりもよく思い出すのは、実は伯母の琴子さんが作るお節だった。
 この時期になると、いつもならできる限り僕を避けている琴子さんが手伝えと、口に出して言いはしなかったけど、無言の圧力をかけてくる。最初は突然腕を掴んで連れていかれて、怒られるのかと怯えたものだった。台所ですでに切られたにんじんと大根、味の整えられた酢を目の前に差し出された。戸惑いながら、でも何かはしないといけないと思った僕は恐る恐るにんじんと大根を酢と和えると、それで正解だったらしい、琴子さんは別の作業に戻っていった。回数を重ねる度に僕のすることも増えていく。意地でも口を開かなかった琴子さんが料理を教えてくれることは一度もなくて、まるで勝手に覚えろとでも言っているようだった。
 そんな扱いでも必死になって続けたのは、新年を迎えてお節を食べるそのときだけ、唯一、琴子さんからも許されて一緒の食卓に着けたからだ。それまで琴子さんが作るご飯を食べて味がしなかったことも相俟ってか、今まで食べてきた中で一番なのではないかと思うほどにおいしく感じた。治久さんの家で、一年に一度だけ、僕にも楽しい時間ができた。琴子さんが作るお節は極ありふれた、だいたいの人が想像して出てくるようなものだったけど、おそらくこの先、僕が琴子さんのお節の味を忘れることはないだろう。
「……琴子さんの作るお節、おいしかったなあ」
 ポソッ、と、思わずこぼれた僕の言葉に、近くでコーヒーを飲んでいた利也さんが額に手を当てる。苦く笑っていた。

 来る正月。食卓の上には年末に仕込んでいたお節料理がズラリと並べられていた。四人分にしても心なしか少々豪勢過ぎではと思えるほど量も内容も立派にできあがっている。布美さんのお節はすごいなと思っていたところ、
「今年のお節はすごいねえ!」
 と、啓太が目を輝かせているあたり今回は事情が少し違うらしい。
「そうなんですか?」
「んー……聡太くんもいるからね、頑張ったんだと思うよ」
「聡太くんのおかげで大助かりだったわ。ありがとう」
「役に立ててよかったです」
 啓太が、早く食べようと言ってみんなでお節に箸を伸ばした。布美さんが作ったお節はやっぱりおいしかった。いつも母さんと比べて布美さんは謙遜するけど、そんなことはないと思う。僕の反応が気になるらしい布美さんが、どう? と聞いてくるから、おいしいですよと返したら両手をぎゅっと握って喜んでいた。例えば、そう、何か勝負をして勝ったときのような。
「たぶんね、負けたくなかったんじゃないかな」
 と、利也さんがコソッと僕の耳元で呟いた。誰に? と聞いても利也さんは乾いた笑いを浮かべているだけだった。

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自己紹介:
ものごとを『おもしろい』か『おもしろくない』かで分けてる“へなちょこりん”です
外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
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