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 別に顔見知りというわけではなかった。彼女のことを知っているというわけでもなかった。それなのに、何故だろう。クラス全体が聡太に注目していて聡太が目をやれば目が合うことになる状況の中、聡太が『目が合った』と認識したのは花一人だけだった。
 朝、昼と、休み時間には聡太の周りに一人は寄ってくる。相手の話を受け流すだけで会話はちっとも頭に入ってこなかった。自分がどう答えたのかも覚えていない。正直なところ、今目の前にいるクラスメートの名前すらもぼんやりとしている。話を聞いていないだとか、ましてや名前もわからないだなんて言ったらどんな反応をするのだろう。怒るだろうか。それともいっそ呆れるのだろうか。
「あ……お弁当忘れちゃった!」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことなんかじゃないよ。あたしにとっては一大事!」
 後ろのほうで修と花の話し声が聞こえる。いつも離れているはずの二人の話だけはすっと頭に入ってくるのが不思議だった。聞きたいわけではない。時々もやもやした気持ちになるから、むしろ聞きたくなかった。そんな聡太の意思を無視して、耳を塞いでも聞こえてきそうな修と花の声に聡太はひっそりとため息を吐いた。
 愛想笑いをしていれば周りはそれなりに接してくれた。特別に問題が起こることはなかった。たとえ自分が苦しむことになろうと対人関係で面倒が起るより幾分ましである。ところがここにきて修と花というイレギュラーな存在が現れた。彼らには愛想笑いが通じなかったのだ。他と比べてうっとうしいというのもあるのだが、聡太が二人だけに意識して冷たくする理由はこれが大きい。厄介極まりない。
「あ! 小山くーん!」
 後ろから名前を呼ばれた。そのまま足を止めない聡太を追いかけて一人走ってくる。あっという間に追いつかれて、更には正面に回り込まれて道を塞がれる。花だ。普段から気に留めているつもりはないのに顔を見ずとも誰なのかわかってしまった自分が悔しかった。つい表情も険しくなる。
「今から帰るの?」
 彼女を避けて進もうとするが聡太にぴったりくっついて動くので進めない。あたしは部活なんだという花は、なるほど、制服から動きやすいTシャツとハーフパンツに着替えていた。髪も邪魔にならないようにまとめられている。
「小山くんは部活に入ってないんだよね。今からでもオッケーっていう部活あるよ」
 右に左に忙しない。早く部活に行ってしまえばいいのに。遅刻するのも構わないような花にしびれを切らせた聡太は強行突破にでた。自分にも時間があるのだ。間に合わなかったら何と言われるか。主にあの人。実に面倒である。
 このときの聡太は時間のことしか頭になかった。
「ねえ、小山くん」
 すれ違った聡太の腕を掴まず、また追いかけて立ち塞がりもせず、その代わりに花は一人呟くような声で話しかけた。小さな声ははっきりと聞こえ聡太を立ち止まらせる。
「あたし、親がいないの」
 周りの音がなくなった。時間が止まってしまったみたいだった。誰も通らない。二人きり。振り向くと花と目が合う。まっすぐで澄んだ瞳だった。悲しさは全く滲んでいなかった。
「小山くんもさ、親、いないんじゃない?」
 このときの聡太は時間のことしか頭になかった。修も花も深く入り込んではこなかったから、心のどこかで、知らないうちに安心していたのかもしれない。
 だから、まさかこんなことを聞かれるなんて思いもしなかったのだ。
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 松崎と書かれた表札。ここが聡太の居候先だ。自転車を置き家に入る。パタパタとスリッパで走る音が聞こえたと思ったら聡太の叔母、松崎布美が顔を出した。
「おかえりなさい」
 何も言わずに軽く頭を下げ、聡太は階段を上がっていく。
 ただいまと言っていないのに。玄関の戸も割と静かに開けて閉めた。それなのに、その小さな戸の音を聞いてわざわざ出迎えてくれたというのだろうか。学校から戻る度に思うことだった。
 二階には布美の息子である啓太の部屋が一つと広い寝室に納戸その他、そして不思議と空き部屋も一つある。その空き部屋が聡太の部屋として用意されていた。客間用の和室は一階に別にある。ほとんど使用された形跡のない空き部屋には座卓とタンスが置かれている。聡太も特に何かを動かしていないため、新たに聡太が持って来た荷物が増えた以外はそのままの状態だ。まるで聡太を迎えることを前提として造られたような家だと感じずにはいられない。
「はあ……」
 鞄を置き、聡太の口からため息がこぼれる。布美の家に来てからというもの尽く予想外の出来事にあってきていると言ってもいい。そのため聡太の疲労も半端ではなかった。誰も見ていないので床に大の字で寝転ぶ。天井が高く広く感じた。
 何かと世話を焼きたがる布美。前の家の伯母とは大違いだ。
 ――この疫病神!
 ああ。そんなことも言われたっけ。思い出すと耳の奥でずっと響き続ける。伯母の悲痛な叫び。自分にぴったりだと聡太は思った。だからこそ余計に考えてしまう。
 自分はここにいるべきではないのでは、と。

 布美と啓太は隣り合って座っていて、聡太は啓太の向かいだ。聡太の隣は空いている。この家の主人である利也はまだ帰宅していなかった。聡太の目の前で二人が楽しそうに話している。向かいに座っているせいか時々啓太は聡太をちらっと見る。そして目が合うと驚いたようにすぐ目を逸らしてしまうのだが、聡太はたいして気にしてはいなかった。また、布美は困ったように笑っていた。
 食卓には布美の作った夕食が並ぶ。スープにハンバーグ、付け合わせとは別にサラダもあった。はじめは口に合うか心配していた布美だが、心配するまでもなくおいしかった。料理とは作った人の人柄を表すのだろうか。この夕食にしろ少し冷めた弁当にしろ、どれももれなく温かい。だとするならば、自分が作ると冷たくて重いものになるのだろうか。聡太は内心で苦笑した。
 布美と啓太の様子を見ながらゆっくり箸を進める。以前の癖もあり早く席を離れようと速く食べていたのだが、布美はみんなで一緒に食べたいらしくて周りに合わせるようになった。最後にならないように、けれど速過ぎないように食べる。家で口にするご飯に味があるとは驚いたものだった。
 もう少しで食べ終わる。そんなとき玄関の鍵の開く音がした。音を拾った布美は箸を置き玄関に急ぐ。啓太は座ったままだったが顔はドアを向いていた。待ちきれないという顔をしている。そして利也が顔を出すと、おかえりなさいと言って目一杯抱きついた。

 新学期が始まって一ヶ月弱。面倒なことになったと聡太は頭を抱えていた。
 当初の予定では、今頃、聡太はクラスから孤立して一人でいるはずだった。また誰にも干渉されず比較的楽に過ごしているはずだった。なのに……。
 一体全体どこでどう狂った。そう思わずにはいられなかった。
 初日の挨拶。第一印象は最悪だった。無表情もいいところで、自己紹介とは名ばかりの、本当に名前だけの挨拶。よろしくもなし。にこりともしない。嫌われてもおかしくない聡太の行動。しかし新しいクラスメートには、それが緊張していると見えたらしい。生徒の数が多くなく、転校生が珍しいのか翌日からたくさん周りに集まってきた。うっとうしく感じながらも、嫌な奴に見せようという第一印象を失敗している以上、わざわざ寄ってくる者を遠ざける必要がなくなったので聡太は努めて笑顔をつくってみせた。
 愛想笑いはある人から教えてもらった処世術だ。今まで他人と必要以上に関わることなくうまくやっていけたのも愛想笑いのおかげに違いない。
 ところで聡太を悩ませているのはこれらのクラスメートではなく別の二人。
「晴れてる日は外で食べるのもいいな」
「そうだねー」
 宮守修と寺岡花だ。二人とも聡太のクラスメートであるが他とは違っていた。前の学校や住んでいたところ、家族のことには全く触れてこない。他愛ない会話ばかりで、その多くは修と花で話している。聡太にも話を振るが答えなければそのまま流していた。無理に答えさせる気はないようだ。
「小山の弁当おいしそうだよな。まさか小山が作ってんのか?」
 黙々と食べ進める聡太の弁当を横からのぞき込んで修が言う。たしかにと花も自分のものと比べてみた。
「……叔母さん」
 二人の話を流していた聡太は、口の中のものを噛み終え空にするとおもむろに口を開いた。ただの気まぐれだった。自分でも何故答えたのかわからなかった。まさか聡太が返事をするとは思っていなかった修と花は、余程驚いたのかポカンとした。そしてすぐに、ぱあっと周りに花が咲くのが見えるくらい明るくなる。きっとどんどん咲いては飛んでいっているに違いない。二人が喜んでいるのが目に見えてわかるほどだ。
「……そっか! じゃあ叔母さんと一緒に住んでいるんだね。料理が上手で羨ましいなあ」
「花とは大違いだな」
「あたしだって作れるもん。たぶんだけど」
 聡太は止めていた箸をまた動かし始めた。食べ物を口に運ぶ。それ以上口をきくつもりはなかった。修も花もそのことをわかっているようで、たいして気にはしなかった。
 食べ終わった聡太は席を立とうと弁当をしまう。聡太には修と花が理解できなかった。特別何かをするわけでもなくただ傍にいる。会話に交ざることを強要しないが、さっきみたいに何でもない、たった一言を返すだけでこれ以上ないというくらい喜ぶ。気持ちが悪いくらい。二人が何をしたいが為に自分の近くにいたがるのかさっぱりわからない。言うまでもなく聡太と友達になりたいから近付こうとしているのだが、友達をつくろうとしない聡太に理解できるはずがなかった。
 そんな聡太にもわかることは、
「今日こそ一緒に帰ろうねー!」
 とても図太い奴らだということだ。

「今日からわたしたち、家族ね」
 とても柔らかくて優しい笑顔で迎えられた。ここで新しい生活が始まる。けれど、小山聡太の胸が高鳴ることはなかった。そして表情ひとつ変えずお辞儀だけで済ませた。
 他所の家で生活をするのは今回が初めてではない。またあんな感じなのだろうと別段期待なんてしていなかった。ただ、『家族』という言葉に反応して少しだけ温かい気持ちになった。
 とはいえ自分がいつ邪魔になってしまうかわからない。高校を卒業するまでの残り二年、たいしたことが起こらずにこの家を出ていくことができるのだろうか。未成年。十六歳。高校生。社会の中、一人でやっていくには厳しい自分の幼さがもどかしくて仕方がない。体は大人とさほど変わらないのに、まだ子供だからと様々な面で規制がかかるそのギャップが更に聡太を苛立たせた。
――おまえは、もっといろんなものを見たほうがいい。
 ふと、以前に言われた言葉を思い出した。思わず携帯電話に手が伸びそうになり慌てて引っ込める。
「……これ以上見るものなんてないですよ、桔平さん」
 自嘲気味に呟いた言葉が静かに部屋に響く。怒ったように、生意気だと自分を叩く姿が目に浮かび、聡太は自分の額を押さえた。
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