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 ぎゅっと握った聡太の手には封筒があった。
 それは三学期に入ってすぐに聡太が自ら白樺に頼んだものだった。
「小山、あとで職員室な」
 夕方のSHRが終わると白樺はそれだけ言い残して教室を出ていく。何のことかは言われずともわかっていた。
 放課後、職員室へ向かうその足取りは、どこかドキドキというか、ソワソワというか。おおよそ周りに言わせれば『らしくない』様子だった。顔だって少しでも緩めてしまえば、ついにきたのだと期待に溢れんばかりの思いがそのまま顔に出てしまいそうなほどに。
 そんな聡太を見て笑いを堪え切れない白樺は、それでもなんとか抑えようとしながら幾つかの冊子と封筒を手渡した。普段ならムッとしてしまうその素振りも今の聡太は気にならなかった。気にする余裕がなかったと言ってもいい。なぜなら、彼の意識の全てはその手にある冊子に注がれているのだから。
「とりあえずは俺が適当に見繕っておいた。参考程度に見てもらえればいい」
 これから志望を決めていく上での、まあ、目安だな。
 丁寧に説明してくれる白樺に聡太はただただ頷いて聞いた。何といっても未知の世界なのだ。新しいそれに興味津々な聡太は子供らしい色を強く見せていた。
「ありがとうございます」
 おう、と一言。
 生徒のすることに真摯。生徒のしたいことに真摯。上辺だけではない彼の慕われる理由に、改めて十二分に納得ができた。
 聡太が職員室を出る間際、白樺は聡太を呼ぶ。
「俺も応援してるからなあ!」
 白樺の、部屋中に響いてしまうかもしれないほどの声と、ニカッとした笑顔に背中を押されながら、聡太は職員室をあとにした。

 大丈夫。大丈夫。
 自分で何度も読んだ。内容も整理した。言いたいこともきちんとまとまっている。
 大丈夫ともう一度心で唱えて、よしと小さく呟くと、封筒を持つその手はいまだぎゅっと強く握ったまま、聡太は足を踏み出した。
 リビングで団欒していた布美と利也は、突然の聡太の登場に驚いた。けれどそれは一瞬で、すぐに、どうしたのと大人の対応を見せる。
「あの、聞いてほしいことが、あるんですけど……」
 何やら真剣そうな話であると気付いた利也は片手に持っていた酒を横に置いた。ほろ酔い状態のように見えた彼の顔からは赤みがすっかり消えていた。布美も座りなおして姿勢から改める。
 なかなか話を切り出せないでいる聡太を二人は決して急かさなかった。聡太が自分から話してくれるのを静かに待ち続けた。
 そうして向かい合ってから数分ほど経ち、ようやく聡太が動いた。封筒から数冊の資料を取り出して見せるとすかさず布美が反応する。
「それ……」
 広げられたそれらは全て大学案内。布美は自分の目を疑った。
 一度布美と進路で揉めてしまった手前、言い出すことができなかったためにまずは白樺に相談したのだ。彼は快く乗ってくれた。
 国公立に私立。単科大学に総合大学。学費、学べる内容や環境等々。聡太は二人の理解を得るべく、白樺が自分にしてくれたように説明していく。
 一頻り話し終えると聡太は布美と利也を見て、
「僕に、進学させてください!」
 頭は下げなかった。今、二人から目を逸らしてしまうことが何よりも怖かった。聡太にとって見えない不安は進学を認められないかもしれない不安よりもずっと大きかったのだ。
「……そっか」
 利也がふわりと笑う。そのおかげで聡太の、膝の上で白いなるほどに強く握られた拳の力が緩められていく。少しだけ安堵した。
 対して布美の硬さは取れない。そして顔を強張らせたまま、スッと、今度は布美が一つの封筒を聡太へ差し出した。
「今の聡太くんなら、きっと、読めると思うわ」
 スンとした音が聞こえたかと思えば、布美の瞳から涙が流れていた。
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