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着いた先は布美の家の聡太の部屋で、一つ写真立てを修に手渡した。
「これ、昔のか?」
映っていたのは幼い頃の聡太だった。隣に大人が二人一緒に写っている。布美と利也ではない。そう、両親が亡くなる前の写真だ。写真の中の聡太は、現在とはまるで別人かのように笑っている。
わけがわからないといった修に、聡太は話し始めた。両親が死んでしまってから今に至るまで。包み隠さず。自分のことを話すのが、これから話すことの大前提で礼儀であるように思ったから。
聞き終えた修は複雑そうな顔をしている。予想はしていた。
「……もしかしたら僕は疫病神なのかもしれない」
そう言うとポカンと首を傾げたが、次の言葉を聞くと、ハッと修が顔を上げてしっかり聡太を見た。
「でも、それが僕の全てじゃない」
当たり前だけどやっと気付けたこと。そして、聡太にとってとても大事なこと。
「今はそんなふうに笑うことはできないかもしれない。でも、たしかに笑えていたときがあった。それは事実だ。嘘なんかじゃない」
この写真立てを立てられずにいたのは、昔の自分を直視できなかったからだ。そのときの環境も自分も用意できない。変わってしまった事実を認めることが怖かった。だから過去に蓋をして、今現在のが唯一の自分なのだと言い聞かせて。
けれど吹っ切れた今は過去の家族も飾っていられる。幾年振りかに日の光を浴びた三人の笑顔は、記憶しているよりも眩しく感じる。
今の僕にはかすかに残る要素の一つに過ぎないけれど、それがどんなにちっぽけでも僕をつくっている一つだ。
おそらく修も。なあ、同じだろう。
少し笑って修を見ると泣きそうな顔をしていた。小さく、けれどしっかり、おうと言った。
「たしかにおまえはどろどろ暗いのかもしれない」
「……でも、それが俺の全てじゃない」
今度は一転ニカッと笑った。修の目に涙が滲んでいるのは、きっと、気のせいではない。けれどそれ以上増えてこぼれることはなかった。
「はは。魔法の言葉みたいだな。すっげえ不思議だ……」
スッと写真を聡太に返した修は大きく息を吐くと、疲れたのか少しぐったりと座っている。
「小山には助けられてばっかりだな」
しみじみ話す修に、何のことだと思った。わざわざ口に出しては言わないが、むしろ助けられたと感じているのは聡太である。わけがわからず眉間にしわを寄せる聡太を見て彼は軽く笑った。
「いや、こっちの話。何て言うか、誰かに何かできると自分が持てるから。たぶん自己満足」
「……ナルシスト」
「言ってくれるなよ」
良く言えば献身的、悪く言えば自己犠牲的。修が自分を肯定する意義として、例えば花であったり聡太がいる。人は一人では生きていけないと言うが、彼の場合は極端過ぎる。だから進路といった『自分の』問題になるとひどく視界を失ってしまうのだ。頭がパニックを起こして周りが見えなくなる。
お節介、お人好しもこうまで拗らせてしまうものかと聡太は呆れた。本人も自覚しているようだ。少なくとも聡太にはそこまでできそうもない。
たとえ、自分が彼の自己保持のために手段とされていると知ったとしても、修に幻滅するなんてことはない。聡太も。
花だって、そうだ。
だって、それはあくまで結果論に過ぎないのだから。修の頭はそんなに良くない。このことは聡太の胸の中だけにしまい、そう伝えると、そっかなと安堵するも不安をぬぐい切れない修がため息を吐いた。
「……よし。俺さ、話すだけ話してみようと思う」
自分の夢。なりたいもの。そのための進路。
両親の前に、まずは成に。花にはいつ言うのかと聞けば、最後と返ってきた。全てが終わってからの、事後報告。
「絶対、怒るぞ」
「だよなー。うわー……」
秋に、二人揃って花に怒られたときを思い出した。もちろんあのときとは事情なり状況なりいろいろと違うのだけれど。少なくとも花のご立腹された顔を拝むことだけは違いない。
これからのことを考えるだけで頭が痛くなりそうだ。修はちょっとした胸のむかつきに見舞われている。頼むからここで吐くなよ。
「大丈夫かなあ……」
一気に不安が募ってそれを露にする修。毎度毎度、本当に彼に救われたのかと思わず疑いたくなってしまうのだが、むしろこうでこそ修なのだ。明るいだけの修だったのなら聡太はここまで変われなかった。ギャップあってこその彼だから救われたのだと、何もマイナスばかりに働くわけではないのだなと感心せずにはいられない。
「こ、小山あ。付いてきてくれよお」
「……わかった、わかったから」
目の前の、大いに取り乱す修に呆れながらも、たしかに聡太には頼もしく見えたのだ。
……不思議だけれど。
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