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<啓太>

 お兄ちゃんがいない。
 友達と旅行に行くのだと、どうしてだかお母さんのほうが楽しそうだった。お兄ちゃんはいつもと変わらないのに、変なの。そういえばお父さんもなんだかうれしそうだったなあ。
「聡太くんがいないと寂しいね」
 と、お母さんは言うけれど、僕の家の夏休みは去年までこうだった。お父さんは仕事だから、休みの日以外はお母さんと二人きり。部屋を片付けて、宿題をして、友達と遊びに行ったり、お母さんと出かけたり。お父さんが休みのときには少し遠くまでお出かけもして。
 そうだ。お兄ちゃんがいないことのほうが普通なのに、何でさびしがるんだろう。
 夏休みに入って、もともと家にいないことが多かったお兄ちゃんはますます家にいない時間が増えた気がする。朝は一緒にご飯を食べて、お昼は数えるくらいしか家にいなくて、夜は一週間の半分くらい。話したこともほとんどない。それなのに、
「啓太、なんだかつまらなさそうな顔してる」
 困ったように笑いながらお母さんが言った。僕は飲んでいたジュースを置いて、ぐにぐにと自分の顔を触ってみる。
「そうかなあ?」
「お母さんにはそう見えたわよ」
 そのあと鏡で見たけれど、よくわからなかった。
 お父さんが早く帰ってきて三人で晩ご飯を食べていると、お父さんが、
「明日、聡太くんが帰ってくるね」
 と言い出して、お母さんも、そうねと頷く。今日はお兄ちゃんが旅行に出かけて三日目の夜。三泊四日の旅行で、明日の夕方にはこの家に戻ってくるのだ。
「これで啓太のつまらなさそうな顔も元に戻るかな」
 からかうお母さんに、違うもんとほっぺをふくらませる。それは早く帰ってきてもらわないとな、と、お父さんまで言ってくるから、僕のほっぺはもっと大きくふくらんだ。
 別につまらなさそうな顔なんてしていないし、もしそんな顔をしていたとしても、それはお兄ちゃんがいないとかそういうのじゃないもん。
 だって、お兄ちゃんはいっつもむずかしい顔をしているし、笑ったところなんて見たことないし、しゃべる声だって少し冷たい気がするし、僕と目を合わせてくれないし。それに、
「……帰ってきてもまた、お仕事行っちゃうんでしょ?」
 ぼそっと出た言葉に、となりに座っているお母さんが僕の頭をなでた。
 一緒に住んでいるんだから、気になることはおかしいことじゃないでしょう? 本当はもっとおしゃべりしたり遊んだり、一緒にしたいこといっぱいあるのになあ。お兄ちゃんのいる友達の話を聞いていると、すごく羨ましい。
 お父さんが自分のからあげを一個分けてくれた。今度、聡太くんも一緒に四人で食べようねとお母さんが言って、おいしいアイスを買いに行く約束をして、残りのご飯をおいしく食べて眠りました。

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