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<成>
うちは五人という多い兄弟がいるけど、ほとんど男にもかかわらず、しかしその中で『兄』と呼ばれるのは、長兄の宮守修ただ一人である。照も、拓も、陸も、呼び方は違っても『兄』と呼ぶのは長兄にだけ。俺もそう、あれを『兄貴』と呼んでいる。次兄である俺は一度も『兄』と呼ばれたことがない。上から三番目の真ん中で、兄弟で唯一女の照が『姉』と呼ばれることもまたなかった。
つまるところ何が言いたいのかといえば、俺たち弟妹にとって『兄』とは非常に特別な存在だということだ。
例えばこんな話がある。
照がまだ小学校に入学したての一学期の参観日。よくある家族作文の発表。兄貴と俺とで、手伝ってー! と言ってきた照に協力したから作文の大まかな内容は覚えている。
『わたしのかぞくは、おとうさんとおかあさんと、おにいちゃんと、なっちゃんと、わたしと、たくと、おかあさんのおなかにいるあかちゃんのななにんです。』という始まり方で、そのあとも『おとうさんは――。おかあさんは――。』というふうに家族について書いてあり、『わたしはかぞくのみんながだいすきです。』と締めて終わる、何の変哲もない、至って普通の内容の作文だ。
問題はそのあとで起こる。
発表の終わった照の作文に担任の先生が感想を言った。照の担任は兄貴のことも俺のことも知っている先生だったから、その感想の中で、
「宮守さんは素敵なお兄さんが二人もいて幸せね」
とか何とか、そんなことを言ったそうだ。当たり障りのない、よくある感想だ。そして照も、うんでも何でもよくある返しで発表が終わる、はずだった。しかし、照はそう言わなかった。それなら何と言って返したのかといえば、まず一言、
「違うの」
と、首を振ったらしい。それからこう続けた。
「お兄ちゃんが二人じゃなくて、お兄ちゃんとなっちゃんなの」
照の言葉に一瞬ポカンとした照の担任は、だからお兄さんが二人よねともう一度聞いてみたけど、照は決して首を縦に振ることなく『お兄ちゃんとなっちゃん』の一点張りで通してみせた。本来あまり大人の手を焼くような子供ではなかったはずの照がそのときほど意固地になったことはない。
結局は大人である照の担任が折れて終わったのだと、帰ったあとで笑いながら母さんが一部始終を話してくれた。俺は、変なのと返し、兄貴はよくわからない頭で、しかしどう解釈したのか先生に勝ったと、偉いと照を褒め、『お兄ちゃん』に褒められた照はとても誇らしげにしていた。
兄が一人しかいない当時の俺には全くもって不可解な珍事件だったけど、今ならわからないではない。きっとあのとき、もう一人の兄である俺ではなく、『お兄ちゃん』に褒めてもらえたからこそ照は誇らしかったのだ。
俺では絶対に兄貴の代役は利かない。よく『しっかりしている』なんて言われて、『一番上の兄より余程兄』とも言われたことがあるけど、それは違う。俺は、兄貴があるが故の俺なのだ。俺が『兄』であってはならない。いくら考えてなさそうで図太くて無神経でお節介で馬鹿で楽観的な部分が見え隠れしたとしても、あんなだけど俺ら兄弟の一番上にいるべきはやっぱり兄貴である。あんなだけど。
それに、今でこそ俺も記号としての『兄』になることはあるけど、あくまで記号。兄貴の『兄』は、言わば称号である。そして俺にとっての称号は『なっちゃん』だ。だから、俺に称号としての『兄』を与えようとする奴がいるのなら、それは俺らに対する侮辱だね。
ちなみに拓と陸も、やはり血は争えないというべきか、照と同じ道を通ってきている。その度に記念すべき第一号である照の話が決まって持ち出され、もう当時のことを覚えていない照にとっては知らない恥を公表されるに等しく堪らないらしい。見ているこっちとしては実におもしろい。
――あ。
「なっちゃん、どうかしたの?」
「いや、照の珍事件を聡太さんに話してみたらどんな反応するかなって」
そう言ったらジュースを飲んでいた照が盛大にむせた。少しこぼれたから、そばにあった布巾を照に差し出す。
「ぜ、絶対言わないでよ! あー、でも、なっちゃん本当に言いそうで怖い……! 本当に、絶対に言わないでね!」
「そーだねー」
「もー、やだー! なっちゃん馬鹿ー!」
顔を真っ赤にして怒りながらも、照は俺がやった布巾でせっせと台を拭いていた。
うちは五人という多い兄弟がいるけど、ほとんど男にもかかわらず、しかしその中で『兄』と呼ばれるのは、長兄の宮守修ただ一人である。照も、拓も、陸も、呼び方は違っても『兄』と呼ぶのは長兄にだけ。俺もそう、あれを『兄貴』と呼んでいる。次兄である俺は一度も『兄』と呼ばれたことがない。上から三番目の真ん中で、兄弟で唯一女の照が『姉』と呼ばれることもまたなかった。
つまるところ何が言いたいのかといえば、俺たち弟妹にとって『兄』とは非常に特別な存在だということだ。
例えばこんな話がある。
照がまだ小学校に入学したての一学期の参観日。よくある家族作文の発表。兄貴と俺とで、手伝ってー! と言ってきた照に協力したから作文の大まかな内容は覚えている。
『わたしのかぞくは、おとうさんとおかあさんと、おにいちゃんと、なっちゃんと、わたしと、たくと、おかあさんのおなかにいるあかちゃんのななにんです。』という始まり方で、そのあとも『おとうさんは――。おかあさんは――。』というふうに家族について書いてあり、『わたしはかぞくのみんながだいすきです。』と締めて終わる、何の変哲もない、至って普通の内容の作文だ。
問題はそのあとで起こる。
発表の終わった照の作文に担任の先生が感想を言った。照の担任は兄貴のことも俺のことも知っている先生だったから、その感想の中で、
「宮守さんは素敵なお兄さんが二人もいて幸せね」
とか何とか、そんなことを言ったそうだ。当たり障りのない、よくある感想だ。そして照も、うんでも何でもよくある返しで発表が終わる、はずだった。しかし、照はそう言わなかった。それなら何と言って返したのかといえば、まず一言、
「違うの」
と、首を振ったらしい。それからこう続けた。
「お兄ちゃんが二人じゃなくて、お兄ちゃんとなっちゃんなの」
照の言葉に一瞬ポカンとした照の担任は、だからお兄さんが二人よねともう一度聞いてみたけど、照は決して首を縦に振ることなく『お兄ちゃんとなっちゃん』の一点張りで通してみせた。本来あまり大人の手を焼くような子供ではなかったはずの照がそのときほど意固地になったことはない。
結局は大人である照の担任が折れて終わったのだと、帰ったあとで笑いながら母さんが一部始終を話してくれた。俺は、変なのと返し、兄貴はよくわからない頭で、しかしどう解釈したのか先生に勝ったと、偉いと照を褒め、『お兄ちゃん』に褒められた照はとても誇らしげにしていた。
兄が一人しかいない当時の俺には全くもって不可解な珍事件だったけど、今ならわからないではない。きっとあのとき、もう一人の兄である俺ではなく、『お兄ちゃん』に褒めてもらえたからこそ照は誇らしかったのだ。
俺では絶対に兄貴の代役は利かない。よく『しっかりしている』なんて言われて、『一番上の兄より余程兄』とも言われたことがあるけど、それは違う。俺は、兄貴があるが故の俺なのだ。俺が『兄』であってはならない。いくら考えてなさそうで図太くて無神経でお節介で馬鹿で楽観的な部分が見え隠れしたとしても、あんなだけど俺ら兄弟の一番上にいるべきはやっぱり兄貴である。あんなだけど。
それに、今でこそ俺も記号としての『兄』になることはあるけど、あくまで記号。兄貴の『兄』は、言わば称号である。そして俺にとっての称号は『なっちゃん』だ。だから、俺に称号としての『兄』を与えようとする奴がいるのなら、それは俺らに対する侮辱だね。
ちなみに拓と陸も、やはり血は争えないというべきか、照と同じ道を通ってきている。その度に記念すべき第一号である照の話が決まって持ち出され、もう当時のことを覚えていない照にとっては知らない恥を公表されるに等しく堪らないらしい。見ているこっちとしては実におもしろい。
――あ。
「なっちゃん、どうかしたの?」
「いや、照の珍事件を聡太さんに話してみたらどんな反応するかなって」
そう言ったらジュースを飲んでいた照が盛大にむせた。少しこぼれたから、そばにあった布巾を照に差し出す。
「ぜ、絶対言わないでよ! あー、でも、なっちゃん本当に言いそうで怖い……! 本当に、絶対に言わないでね!」
「そーだねー」
「もー、やだー! なっちゃん馬鹿ー!」
顔を真っ赤にして怒りながらも、照は俺がやった布巾でせっせと台を拭いていた。
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ものごとを『おもしろい』か『おもしろくない』かで分けてる“へなちょこりん”です
外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
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