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<修>

 いつか、こういうものを書かなければいけないときが来ると、そんなことはわかっていたんだ。
「何か飲んでこよーっと」
 机に向かって数十分。目の前に置かれた紙一枚。『進路調査書』と書かれた紙と今まさに、俺は戦っていた。しかし、俺は紙を睨みつけ紙はじっと佇んだまま、戦況は動かず時間だけが過ぎていく。
 成が部屋を出ていってこの部屋には俺一人、と、そして紙が一枚。またとない絶好のチャンスだ。書かないわけにはいかない。そうだ、書くんだ、俺!
「うおりゃあああ!」
 叫びながら勢いのままに書いて。
 でも、気付いたときには消していた。残ったのは消しカスと、空虚感。
「俺、書いたのに……」
 もう一度と思って書こうとしたけど、でも書けなかった。それなら別のだったら書けるのかよ、と自棄気味に書き始めると、それはもう一文字書き終わらないうちに消していた。
「何で書けねえんだよ……」
 ただ『就職』の二文字を書けばそれで終わりだ。何も難しいことなんてない。気持ちが揺れているのは、きっと、花があんなことを言ったせいだ。
 ――修くんはね、絶対に子供たちから大人気の保育士さんになるよ!
 俺の『夢だった』もんを、何でおまえが嬉しそうに話すんだよ。俺は中学のときに諦めてるんだよ。それなのにおまえが自分のこと話すみたいに、どうだ! って顔しながら言うから、だから俺はいつまで経っても結局踏ん切りつけられなくて宙ぶらりんなままだ。
 薄い意識の中でひらひら揺れていく紙の破片を見ながら、俺みたいだと、ふとそんなことを思った。

 小山は花にまで嘘を吐くことなのかと言ったけど、それは違う。『花だからこそ』今まで嘘を吐いているんだ。
 いや、それも違う。嘘なんかじゃ……でも、今となっては嘘ってことになってて、いやでも昔は嘘なんかじゃなくて本当のことで……。
 『嘘』と心の中で言う度に胸が痛んだ。これ以上小山に踏み込まれたくなくて、踏み込まれたら今までのことが全部崩れてしまうそうで、怖くて。
 こんなんじゃ駄目だ。今日は陸の誕生日、今日は陸の誕生日、今日は陸の誕生日……。
 そうやって何回も何回も頭の中で繰り返して落ち着かせようとした。すると、案外効き目があって、顔も、出てくる言葉も、いつも通りに戻っているっぽかった。
 あれ? 俺、すげえ! え、すごくない、俺?
 ……なんて。
 小山にはいきなり怒鳴って悪いことをしたなと思っている。小山は俺のこと、嫌いになっただろうか。
 そして、俺の机の上にはピカピカに新しくなった『紙』が一枚、まるで俺を試すかのようにいまだ佇んでいる。

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