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<白樺>

 別に、端から教師になりたくてなったわけじゃなかった。
 元々は他の職を目指して大学に進学したのに、人生とは不思議なもので、友人に言われるがまま興味本位で取っていた教員の単位を最後まで取り切って、結局は教師の道を選んでいた。当時は随分と驚かれたものだった。俺が一番驚いている。まさか教師になるなんて入学した頃の自分は思いもしなかっただろう。
 尊敬する先生はいても目指すべき教師像なんてものがなかった俺は、代わりに教師になってやりたいことを決めた。それは『生徒に積極的な進路選択をしてもらう』こと。自分の経験則からだった。それまで信じて疑っていなかった自分の進路に突如湧いて出た『教師』という選択肢。最初こそ戸惑ったが、それでもあのとき必死になって自分の進路を改めて考え抜いたから今こうして教師として生きていけているのだと思う。とりあえずなんてことで決めていたらつらくなったとき後悔するに違いない。そんな後悔を生徒たちにしてほしくなかった。
「うおあっ、いって!」
 と、声を上げるほど実際は痛くなかった。びっくりして声が出ただけだ。
 書類を探っていた俺の手にチクリと刺したのは、宮守の進路調査書だった。クラス全員分のプリントが重ねられた中で一枚、こいつのだけ厚くて硬い。原因は部屋の照明を反射しているこのテカテカのセロハンテープ。裏面のみならずご丁寧なことに表まで、破れた欠片を修復するためにキッチリ貼られている。もはやラミネートかよ。余程慌てて貼り合わせたのだろうと、宮守が焦って一生懸命に作業している姿が目に浮かぶようだった。
 そして、自分の進路を見える形として字にして書くという作業が宮守にとって本当にきつい作業だったんだなあとも思った。
 クラスでの普段の姿はよくいるお調子者といった感じで、常に誰かと一緒にいる。寺岡とが一番仲がいいようだ。小山を構っているのもよく見かけた。勉強は苦手のようだった。それを指摘したら、そうなんですよねえと笑ってごまかすように言っていたのを覚えている。三者面談で成績の話をしたときも同じふうに笑っていた。
 そんな宮守が顔を強張らせるのは決まって進路の話が出たときだった。必ず言葉が詰まっていた。口にする言葉を選んでいて、まるで自分に言い聞かせるように。しかし、納得はしていないという印象だった。
 この、テカテカで、ボールペンじゃ字もろくに書けないような進路調査書を提出してきたときに、俺は新しい紙を一枚、宮守に渡した。
「もう一回書いてこい」
 本当に自分でその進路にすると決めたのなら、千切った紙ではなく新しいきれいな紙に書いてこられるだろうという、確認みたいなものだった。意地悪をしたつもりは毛頭ないが、まあ、自分でもなかなか酷いことをしたなあという自覚はある。友人にはしばらく『鬼教師』と呼ばれた。
 言ってすぐに宮守は顔を顰めた。テカテカの進路調査書は一応受け取っているから強制ではない。そのまま書かないという選択も、そもそも受け取らないという選択もできる。が、宮守の性格上ちゃんと受け取って、そして悩むにしろ悩まないにしろちゃんと書いていつか持ってくるのだろう。
 あー……訴えられたらやばいかなあ、俺。
 なんて、若干ビビりながら新学期が始まった。宮守に渡した新しい進路調査書はいまだ提出されていない。俺が担任できる期間は残り少ない。三年生の受験が本格化してピリピリした職員室の空気に当てられたのか、俺もなんだかナイーブになってきている気がしていた。
 しかし、俺の腐りかけていた気分を吹っ飛ばすような出来事があった。小山だ。ずうっと就職就職と頑なに言っていたあの小山が進学も考えたいと言ってきたのだ。あの小山が! 転校してきてから宮守たちと関わっていく中で少しずつ変わっていっている小山を見てきただけに、最高にうれしい変化だった。こういう生徒の変化や成長を間近で見られるから教師をやっていてよかったと心底思う。
 これはうじうじなんてしていられない。まだあと二ヶ月ほど残っている。まだまだ俺はあいつらの担任だ。小山はきっともう大丈夫だろう。最後は宮守だ。
 よし、と気合を入れ直した。
「宮守の奴、いつ持ってくるかなあ!」
 俺の言葉にもう不安な色は一切混じっていない。宮守がどんな決断をしようと、そっからあとのサポートはいくらでもする。俺ができることは惜しまないつもりだ。
 どんなんでもかかってこい!
「なんだか楽しそうですね、白樺先生」
 隣の同僚に訝しげな顔をして言われた。職員室で今、そんな雰囲気なのは俺だけだ。だが、これが楽しまずにいられるだろうか。いや、いられるわけがないだろう!
「そりゃあ、楽しいです!」
 笑って答えると、釣られて同僚も小さく笑みがこぼれていた。

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