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<照>

「小山くん、甘いもの問題だって!」
「そうなんだ! わあ、わあ……花ちゃん、何作ろう?」
 うちでは毎年、バレンタイン用のお菓子を花ちゃんと一緒に作っている。パソコンなんて高価なものは家に置いていないから本屋さんでレシピ本を買って、本を見ながら何を作ろうかと考えるのがとても楽しい。
 それぞれの家族と友達の分、それを二人で大量生産して配るのが毎年のこと。でも、今年は聡太さんに渡したいとあたしが話したら、
「じゃあ、とりあえず照ちゃんは小山くん用に専念して、いつもの大量生産はあたしがするよ」
 と、気を利かせてくれるし喜んで協力してくれた。ありがとう、花ちゃん!
 そうそう。バレンタインといえば、うちでは毎年目を逸らしたくなるような、女子からすると大分惨い光景が台所で繰り広げられている。バレンタインって心躍るようなイベントだけど、あたしが楽しいと感じるのは当日の家に帰るまでだ。
「わー……今年も相変わらずすごいね、なっちゃん」
 台所にはもらったチョコが詰められている袋を持ったなっちゃん。袋の中身をテーブルに広げて、義理も本命も入り交じったそれを淡々と仕分けていく。あたしはその様子を、今年も始まったと、呆れというか、もはや諦めた顔で見つめていた。
 そこそこ顔が整っているなっちゃんは、まあその他諸々の要素も含めて女子に割と人気がある。恋愛的な意味でも友達的な意味でも。だから、毎年のバレンタインには学校でおそらく一、二を争う数のチョコをもらって帰ってくるのがお決まりだった。あたしに友達にもなっちゃんにあげている子がいる。
 量があるからあたしたち兄弟にもおこぼれがあって、一見おいしいイベントに何が問題なのかといえば……、
「よし、やるか」
 用意されたボウル。仕分けされたあるグループのラッピングを端から解いていって、容赦なくそれに全部入れる。入れられたのは固形チョコやトリュフといった溶かして固めました系のチョコ菓子。別で用意していたお湯の入ったボウルにチョコの入ったボウルを重ねてなっちゃんは湯せんし始めた。原型がなくなっていくチョコたちを見て、うわあ……と思わず渋い顔になる。
 きっかけはいつかのバレンタイン。何かとクールにみられることが多いなっちゃんはもらった中にビター系のチョコもいくつかあって、知らずに食べたなっちゃんは口に入れた瞬間、即行で飲み物で流した。
 というのも、なっちゃんは甘いものが好きで、
「甘くないお菓子なんてお菓子じゃない」
 と、言うくらいお菓子は甘いものでないと駄目なタイプの人間。それからというもの、もらったチョコが甘いか甘くないかわからないから全部自分でもう一度溶かして固めてから食べるようになった。ケーキ系はさすがに崩すことはないけど、一口食べて味を確認してから苦いものには砂糖や蜂蜜をかけて食べている。もういっそ食べなきゃいいのにと思って、なっちゃんにそう言ったら、
「一口も食べないのは失礼じゃない?」
「混ぜるほうが失礼じゃないの?」
「食べないよりは食べたほうがいいでしょ」
 と、返ってきた。
 ……いや、もう何が失礼で何が失礼じゃないのかわかんないよ。
 溶かされたチョコが型に流される。あとは冷蔵庫で固まるのを待つのみ。今年も彼女たちの気持ちとチョコは見事に犠牲になりました。『作業』をしている間、なっちゃんが躊躇ったことは一度たりともない。悪びれもなくやっている。ある意味すごい。というか、なっちゃんは色々すごい。
「ねえ、宮守先輩、チョコ食べてくれた?」
 と、翌日、感想が気になって聞いてくる友達の顔を、あたしが申し訳なくてまともに見られない。たぶん、あたしの表情は若干死んでいる。
 家族と花ちゃん以外は誰も知らないとはいえ、そんなことをしているなっちゃんが何故変わらず毎年チョコをもらえるのかといえば、結局のところお返しをちゃんとしているから。バレンタインにあたしたちがするようにホワイトデー前日にはお菓子を大量生産して、当日お返しできる人にはお返しをする。一つ違うのは、それぞれラッピングはせずに、ビニール袋にまとめて詰めたものを方々に回って一つずつ取って食べてもらうスタイルなところ。とてもなっちゃんらしい。
 でも、やっぱり混ぜて溶かして直して固めて食べるのはどうかと思うよ。

 ちなみに今年のホワイトデー。
「あれ? 照、どうかしたの?」
 あたしの後ろから顔を覗かせて、気付いたなっちゃんは一瞬体を硬直させた。
「……それ、もしかしてバレンタインのお返し?」
「聡太さんからもらいました……」
 なっちゃんが、うわー……とこぼしたのが聞こえた。向かいに座ってそれをじいっと眺めている。
「これはなかなか……えぐいね、聡太さん」
 聡太さんからお返しとしてもらったのはシフォンケーキ。聞いていた通りの春っぽい柔らかい色、ふわふわ、食べきりサイズ。細やかな気遣いが感じられて、たとえふ……振られて、いようとも、女子ならきゅんと心を掴まれそうになる『お返し』だけど、それを素直に喜べないのは、パッと見お店で売られていると言われても納得してしまうこの『お返し』が実は聡太さんの『手作り』だから。
「こんなものまで作れるとか、聡太さんって何者……」
 夏休みに泊まりに行って聡太さんが料理できることはわかっていたけど、また一層、よりすごいというのを思い知らされたというか何というか……。
 振られた傷が癒えていないのと、お返しと聡太さんの手作りが食べられる嬉しさと、女子としての情けなさと。色んな感情が混ざりに混ざって、今のあたしは、きっと何とも言えない顔をしている。目の前のなっちゃんが苦く笑っているのは聡太さんの『お返し』を見てなのか、それともあたしを見てなのか。
 うう……でも、やっぱりおいしいです!

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