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<聡太>

「聡太くんはお節料理で何が好き?」
 新年がじわじわ近付く十二月の終わり頃。大掃除をすっかり済ませた叔母の家ではお節作りの真っ最中だ。普段のご飯でも少しずつ手伝うようになっていた僕は布美さんに頼まれてお節作りにも参加している。
 僕の母は随分と料理の腕が立つようだった。僕が料理をしているのを見て、やっぱり姉さんの子ねと布美さんはよく口にする。布美さんはまだまだ母さんの作る料理ほど上手くならないという。
 そんな母さんのおいしい料理の味を、僕はもう覚えていない。母さんのことだから今の布美さんのようにお節も作っていただろうけど、食卓の上に並べられたその見た目も味も、何もかもが僕の記憶には残っていなかった。もう二度と味わうことのできない母の味を忘れてしまったというのは少し寂しかった。
「強いて言えばおなます、ですかね。栗金団とか甘いものも好きです」
 代わりに覚えているのは桔平さんの家の味。紅白のおなますは一般的なにんじんや大根を使わずにビーツとかラディッシュとか、あとはねぎとか、色が合うように野菜を用意して毎年何かしら違うから楽しみだった。お店柄洋風にできあがることが多い。お正月用のケーキの試作で栗金団や黒豆の甘いお節もよく食べていた。今年はどんなお節を作っているんだろう。
 それから、桔平さんの家よりもよく思い出すのは、実は伯母の琴子さんが作るお節だった。
 この時期になると、いつもならできる限り僕を避けている琴子さんが手伝えと、口に出して言いはしなかったけど、無言の圧力をかけてくる。最初は突然腕を掴んで連れていかれて、怒られるのかと怯えたものだった。台所ですでに切られたにんじんと大根、味の整えられた酢を目の前に差し出された。戸惑いながら、でも何かはしないといけないと思った僕は恐る恐るにんじんと大根を酢と和えると、それで正解だったらしい、琴子さんは別の作業に戻っていった。回数を重ねる度に僕のすることも増えていく。意地でも口を開かなかった琴子さんが料理を教えてくれることは一度もなくて、まるで勝手に覚えろとでも言っているようだった。
 そんな扱いでも必死になって続けたのは、新年を迎えてお節を食べるそのときだけ、唯一、琴子さんからも許されて一緒の食卓に着けたからだ。それまで琴子さんが作るご飯を食べて味がしなかったことも相俟ってか、今まで食べてきた中で一番なのではないかと思うほどにおいしく感じた。治久さんの家で、一年に一度だけ、僕にも楽しい時間ができた。琴子さんが作るお節は極ありふれた、だいたいの人が想像して出てくるようなものだったけど、おそらくこの先、僕が琴子さんのお節の味を忘れることはないだろう。
「……琴子さんの作るお節、おいしかったなあ」
 ポソッ、と、思わずこぼれた僕の言葉に、近くでコーヒーを飲んでいた利也さんが額に手を当てる。苦く笑っていた。

 来る正月。食卓の上には年末に仕込んでいたお節料理がズラリと並べられていた。四人分にしても心なしか少々豪勢過ぎではと思えるほど量も内容も立派にできあがっている。布美さんのお節はすごいなと思っていたところ、
「今年のお節はすごいねえ!」
 と、啓太が目を輝かせているあたり今回は事情が少し違うらしい。
「そうなんですか?」
「んー……聡太くんもいるからね、頑張ったんだと思うよ」
「聡太くんのおかげで大助かりだったわ。ありがとう」
「役に立ててよかったです」
 啓太が、早く食べようと言ってみんなでお節に箸を伸ばした。布美さんが作ったお節はやっぱりおいしかった。いつも母さんと比べて布美さんは謙遜するけど、そんなことはないと思う。僕の反応が気になるらしい布美さんが、どう? と聞いてくるから、おいしいですよと返したら両手をぎゅっと握って喜んでいた。例えば、そう、何か勝負をして勝ったときのような。
「たぶんね、負けたくなかったんじゃないかな」
 と、利也さんがコソッと僕の耳元で呟いた。誰に? と聞いても利也さんは乾いた笑いを浮かべているだけだった。

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