忍者ブログ
[421]  [420]  [419]  [418]  [416]  [417]  [415]  [413]  [412]  [411]  [409
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 花には挨拶をされた。気になりはしたのだろうが、聡太の頬には触れず心配そうな顔をしていただけだった。
 修とは全く顔を合せなかった。姿は見たが面と向かってということは一度もなくて、言葉も一言も交わさなかった。転校して初めてのことだった。
 腫れが大分引いてきて、これなら大丈夫だろうと湿布はもう貼っていない。湿布を貼っているのと、腫れたそのままでいるのと。果たしてどちらのほうがより目立たなかったのか。今となってはどうでもいいことだ。どちらにしても、今の聡太に近寄る者など一人もいないのだから。
「捕まえた!」
 いや、いた。聡太の腕をしっかりと抱き込んだ花に、ご飯一緒に食べようねとそのまま教室から連れ出された。その手には自分のと、何故か聡太の弁当がある。一体いつの間に……。
「あー、お腹空いた。いただきまーす」
 相変わらず聡太より少しばかり多い量の弁当が広げられた。部活があるから食べないと力が出ないらしい。倣って聡太も食べ始める。そして、三分の一ほど食べ終わったところで突然に花が切り出した。
「頬っぺた、殴られたのって修くんが原因でしょ」
 質問ではなく断定。食べ進めていた箸が止まる。できる限り平静さを装って理由を尋ねた。
「だって修くんの態度があからさまなんだもん。あたしでもわかるよ」
 更には叩かれた理由もわかるだなんて言うものだから、もう驚きを隠せない。
「あたしにも似たようなことがあったんだ。『自分なんていなければ』なんて言ったんじゃない?」
 言った。たしかに、修に殴られる前にそのような言葉を口にした気がする。けれど、
「殴られるほどのことじゃない」
 たったそれだけの理由で殴られたのか。聡太は理解できなかった。
「そうかもね。でも、修くんにとっては一番聞きたくないタイプの言葉なの」
 懐かしいのか花は終始笑顔で話す。
「修くんって五人兄弟の一番上でしょ? 下がいれば自然と親の関心もそっちにいくわけだ。それである日ね、修くん……」
「わー! ちょ……花、待った!」
 花の話を遮った声のほうを向けば、顔を赤くしたり青くしたり忙しそうな修の姿が見えた。気付いているはずなのに止めようとしている修に構わず、むしろ楽しげにニヤリと笑って花は続ける。
「修くんがおばちゃんに言ったの。俺はいなくてもいい子なんじゃないのって」
 そしたらバチーンッて。
 言葉に合わせて自分の右手を振った。
「それから泣きながら抱き締めたんだって。もうそんなこと言わないでって言われて、そこでやっと自分も愛されてるってことがわかった。自分の存在を否定するなんて自分も相手も悲しませるってわかったから、だから修くんは小山くんを殴っちゃったんだろうね」
 言葉足らずだったみたいだけど。
 話し終えてすっきりした様子の花はまだ中身の残っている弁当を早々にしまい、それじゃと言い残してどこかへ行ってしまった。顔を手で覆いながら俯く修と呆然とする聡太を置いて。
 何もなさそうな、ただの人の好さそうな顔をして。
 暫しの沈黙が二人の間に流れる。その間、聡太はじっと修を見つめていた。初めて自分以外の深い部分に触れたのではないか。そんな気がした。
「……あんま見ないで」
 隙間から見えた修の頬が赤くなっている。修が、花の奴などとブツブツ言いながら顔を手で扇いで熱を冷ます。聡太は残っている弁当に視線を戻した。
「ごめんな……その、殴って」
 顔を上げると修と目が合う。
 そうだ、こいつは人の目を見て話せる奴だ。
 今度は聡太のほうが恥ずかしくなって目を逸らした。
「もう気にしてない」
 ただ殴られただけならば腹が立つが理由がわかれば話は別だ。修の、普段とは違った雰囲気のせいもあるかもしれない。苛立ちは遠くに行ってしまって、自分でも驚くほど聡太の心は穏やかだった。
「俺を殴ってくれ」
「やだ」
 このままでは気が済まない修と、殴れ、やだの繰り返し。
 十数回も続くとさすがに聡太が折れて呆れ顔で修に近付いた。いつでも来いと言わんばかりに目を瞑って歯を食いしばる。
 ペチン。
「……これであいこな」
 予想外の額への衝撃に不思議そうにしている修と顔を合わせて二人で笑った。
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
・・――サイト案内――・・
                                日記・イラスト・小説を更新していくブログです                               HNの表記は、ひらがなでも、カタカナでも、漢字でも、アルファベットでも何でもよいです                                ほのぼの・ほっこりした小説を目指してます                                 絵に関してはイラストというより落書きが多いかも…                                                      と、とにもかくにも、ポジティブなのかネガティブなのかわからないtsubakiがお送りします
最新コメント
[04/08 つねさん]
[12/10 クレスチアン」]
[03/18 りーん]
[09/30 弥生]
[08/08 クレスチアン]
ポチッと押してみようか
blogram投票ボタン
プロフィール
HN:
tsubaki
性別:
女性
自己紹介:
ものごとを『おもしろい』か『おもしろくない』かで分けてる“へなちょこりん”です
外ではA型、家ではB型と言われます(*本当はB型)
家族に言わせれば『しゃべりだすとおもしろい』らしい
寒天と柑橘が大好きです^^
フリーエリア
ブログ内検索
バーコード
アクセス解析
忍者ブログ [PR]
Template designed by YURI