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<桔平>

 まだ開店前の店の奥で、引っ越した先での二年間を聡太から聞いていた。お世話になった家族のこと。友達のこと。更にはその家族。学校の先生。アルバイトの先輩。まさか聡太の口から『外』の話、まして友達の話を聞かされる日が来ようとは。聡太が口にした名前の数も今までで一番多い。
 水の入った手元のグラスを見て聡太が少し笑った。
「今日、桔平さんに会えてよかったです。会えなかったらどうしようかと」
「何かあるのか?」
 なんでもギリギリに引っ越してきたために今日しか時間が取れなかったようで、聞きたいことがあるんですと言う聡太に、うんと頷くと、
「伯父さんに会ったなんて、僕、聞いてないんですけど」
 すっと、今までの柔らかな表情が引き、次に顔を上げて俺を見る聡太の目は据わっていた。

 その日、俺がインターホンを鳴らした先は聡太の伯父の家。出てきたのは少しくたびれた雰囲気が漂う中年の男。店の制服をそのまま着てきた見知らぬ俺を訝しげに見ている。そりゃそうだろう。不審者が来たと思われても仕方がない。しかし、
「藤谷桔平と申します。お宅の聡太くんをお預かりしていたのに挨拶が遅れてしまいまして申し訳ありません」
 そう言うと、瞬間、聡太の伯父は目を見開いた。俺のことも、おそらく俺が訪ねてきた大方の目的も、全て理解したという表情だった。
 今まで、聡太が世話になっている先について特別何か文句を言うことはなかった。遊びに来た聡太の面倒を見ているとはいえ、所詮は赤の他人。他人様の家の事情に首を突っ込む権利なんて俺にはない。
 わかっていたから口には出さなかった。そう、口には出さなかったが、それは一つも文句がないわけなんかもちろんなくて、腸煮えくり返ってはいるんだよ。何か言わなきゃ気が済まない。
 何を言ってやろうか。どこまでなら言ってもいいだろうか。
 表面は取り繕ったまま、しかし考えを巡らせていると、さすがに来客を不審に思ったのか、奥から女と若い男も出てきた。聡太の伯母と従兄だろう。たしか伯母は聡太に手を上げていた人間で、従兄は聡太の怪我を手当てしていた人間。
「へえ、あんたが……」
 俺は実害を与えていた伯母よりも従兄のほうが気になってじいっと見た。
 従兄のお兄ちゃんにしてもらった、と言っていた聡太の手当ては決していい加減なものではなく、むしろいつも丁寧に処置されていた。それでも聡太の傷は減らず、店に来る足が遠退くこともなかった。それはつまり、彼が本当に最低限のことしかしていなかったということだ。
 同じ家で暮らしていたくせに。いつだって聡太の助けになってやれたはずなのに。そしたらあいつは今ほど悲しい思いをせずに済んだんだ。
 玄関先だけではわからないだけだとしても、本当にあいつがこの家で暮らしていたのかと疑いたくなるほどに聡太のいた名残は一切感じられなかった。うちのほうが残っている。あいつがあれだけ悩んで苦しんだというのに、まるで何もなかった、聡太なんて最初からいなかったかのように見えて、俺は腹が立った。
「――もしあいつがいなくなって清々しているようなら、あんたら、保護者失格だからな」
 おっと。イライラし過ぎて口を衝いて出た言葉に、このままだと捲し立ててしまいそうな自分の口に手を当てて止めた。険しくなった表情にも気付いたので営業スマイルに戻す。
 こりゃ、駄目だな。帰ろう。
「あ、これ、ケーキと喫茶をやっているうちのケーキです。当時聡太くんもアイデアを出してくれていたものなので、ぜひお召し上がりください。それでは、どうぞご贔屓に」
 失礼します。
 そうしてケーキを渡した俺は呆気に取られた三人をそのままに聡太の伯父の家を去った。

 ――なんてことがあったとか、まさか言えるわけもなくて。いや、だってまさかこっちに戻ってくるとは思ってなかったし。いっそ開き直って、言ってないからなと俺が言えば、余計なことしないでくださいってお願いしましたよねと強めの口調で聡太が迫ってきた……ところで、
「聡太くーん」
 と、お袋の声が聞こえた。親父やお袋には素直な聡太が呼びかけに応じたことですっかり話が逸れる。お袋、ナイス。
 聡太がお袋と話している様子を見て、聡太の、俺たちに対する雰囲気も以前より軽くなったように感じた。きっと引っ越した先で色んなものを得たんだろうと思うと、前の聡太を知っているだけになんだか感慨深いものがある。……もう歳かな、俺。
 どうやらまた店で働かないかと誘っているお袋に、それだったらと、俺のいるほうへ戻ってきた聡太は鞄を探ると入っていたクリアファイルを手に取って、
「僕も、もし願いできるならと思って持ってきました」
 中身は履歴書。思いがけず出てきたものに、俺とお袋は一瞬固まる。……準備よ過ぎだろ。
 そういうところは変わってなくて、昔と似た光景におかしくて笑った。
 どこかほっとして、これから聡太のいる生活が戻ってくるという事実に嬉しさを感じている俺は、実は少し寂しいとか思っていたのかもしれない。
 まあ、言ってやらねえけどな。

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