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<桔平>

 聡太がまだ小学生で、俺もまだ学生だった頃の夏休み。学校が休みともなれば当然家にいる時間が増えるわけで、悲しくも友達のいない聡太が頼って訪れるのは自然とうちの店となる。長期休暇の大半をうちで過ごすのが当たり前だった。
 その日も俺は変わらず店の手伝いをしながら、店ではなくて隣にある俺の家で過ごしている聡太の様子をその合間に見ていた。昼時になると店が混むから聡太の昼飯は連れて遅くなる。前の晩の残り物を食べることもあるから先に食べてもいいと言ったことがあるのだが、待っていると首を振って、大人しく夏休みの課題を一人進めるのだ。
 そんな姿を見せられれば俺の料理をするスピードも上がる上がる。晩の残ったスープに具を足し、チャーハンを作り、サラダと一緒に手早く聡太の前に用意した。手を洗ってきて準備も手伝った聡太は俺が座ったことを確認して、一緒に手を合わせて食べ始めた。がっつきはせず少しずつ口に運んで食べているが……。お腹空いてたんだろうなあ。ああ、心が痛い。おいしいと笑って言うから救われはするものの、お腹空いたとか、もう少しわがままくらい言えばいいのにといつも思う。
「お兄ちゃんもおいしい?」
「そりゃ俺が作ったんだからおいしいに決まってるだろ」
 課題がどこまで進んだとか、難しくてわからなかったから教えてほしいところがあるとか、主に聡太の勉強の様子を聞きながら半分ほど胃の中に飯が入った頃、聡太が食べる手を止めた。そして、遠慮がちに言う。
「残りのご飯持って帰ってもいい?」
「は? 持って帰るって言ったって」
 どうやって、と続けようとした言葉は、聡太がリュックの中から魔法瓶とタッパーを取り出したのを見て、ただの息となり消えていった。やけにリュックが膨らんでいるかと思えば、それか。準備がいいと言うか、呆れながらも理由を聞けば今夜は家に誰もいないのだと返ってくる。
「伯父さんには友達の家に泊まるって言ったから、晩ご飯がなくて」
 だから持って帰ってもいい?
 言葉が出てこなかった。代わりにこぼれたのはため息だった。俺が何も言わないものだから聡太の顔に段々と不安の色が濃くなっていくのがわかる。無言でその手に持っていたお持ち帰りセットを取り上げれば、もう目に涙も浮かぶ。
「持って帰らなくてもいい」
「……ごめんなさい」
 怒られていると思って謝る聡太に、ちゃんと話を聞けとデコピンをする。ダムはすでに決壊している。身を乗り出して流れた筋を拭った。
「とりあえず目の前にある物を食え。話はそれからだ」
 コクンと頷いて泣きながらも聡太は昼を済ませ、俺は洗い物もそこそこに店で親父とお袋からの了解を得ると服を着替えた。
「行くぞ」
 聡太はわけがわからないと首を傾げる。俺は魔法瓶とタッパーを持って、
「これとお泊りセット、交換しに行くぞ」
「え?」
「おまえは今日、『友達』の家に泊まるんだろ?」
 頭を撫でながら笑って言った。すると、驚いたあとに聡太は、やっと嗚咽も治まったというのにまた涙をぽろぽろ落として、うん、と何度も頷いた。

「うちに入り浸ってる誰かさんに『友達』がいるってのは初耳だったなあ」
「いりびたりって?」
「うちにずーっと来てるってこと。どこの誰なんだろうな」
「うっ……」
 などと、周りに言わせればおおよそ『大人げない』言葉を俺は散々聡太に降らせてやった。正直、腹が立っていたのだ。
 何で直接的に俺を頼らないかな、こいつは。
 たしかに他人ではある。とはいえ、けっこう色々こいつの面倒見てきたつもりなんだけどなあ。
 その日の晩、盛大にお袋と親父に甘やかされ布団に入った聡太は、余程嬉しかったのか、これ以上ないというくらいにこやかな顔をしていた。笑みが溢れて止まらない聡太の顔に、持っていた紙を丸めて軽く打ち込むと、あう、と叩かれた場所を押さえる。聡太はそのまま押さえながら、お兄ちゃんと呼ぶと、
「ありがとう」
「……早く寝ろ」
 えへへと笑いながら、おやすみなさいと言って眠った。
 それ以降は同じことをせず安心していたのだが、引っ越した先でまたやったと聞いたときにはその頭に拳骨を一発食らわせてやった。

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