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<貴恵>

 小山聡太という高校生が新しく入ってきたのは今年の四月から。
 そいつは酷く無愛想であるにもかかわらず、話しによればキッチンでもホールでもどちらでもいいと希望を出していたようで、冗談だろうと驚かずにはいられない。もっと聞くと、キッチンもホールも経験者とのことで、それならば先の話も頷けそうではあるが、よくやっていたなというのが正直なところである。プライベートはもちろんのこと、働いている間も最低限のコミュニケーションしか取ろうとせず、スタッフの間では取っつきにくいというのがあいつへの専らの評価だった。シフトを周りより幾分多く長く入れているために、元の覚えや手際のよさも相俟ってか、仕事に関してはあっという間に文句なしの状態になっていたというのも周りから敬遠される理由の一つなのかもしれない。
 とりあえず好かれていないのは一目瞭然で、あれで接客は無理だと誰もが思っていた。そんな認識と、そして、更にその仕事振りを思い知らされるのは五月のことだった。
 シフトの被ることが多い小山とあたしは、例に漏れずその日も一緒にキッチンにいた。
 休日ともなれば客も多くなる。昼のピークを終え、夜を残すのみとなった夕方、
「ホールの子が早退しそう!」
 という事態が発生。元々夜までの予定で入っていたスタッフで、これから夜のピークを迎えるのに一人欠けた状態ではやや心許なく、しかし代わりを充てようにもこの日に限ってなかなか都合がつかず、みんながどうしようと頭を抱えていた。
「僕が代わりにホールやります」
 スッと挙手して宣言したのは小山。ホールも希望していたから基本的な業務は一通り教えられているとはいえ、いきなりピーク時に放り込むのは少々躊躇われる。他も同じ考えで、しかも、こいつ接客できるのかという疑念も大いにあった。それでも背に腹はかえられず、店長のチェックを経て、なんとか確保したホールスタッフが到着するまでの一時間、あいつはホールで仕事をすることになった。小山が抜けた分のキッチンの穴には、上がるところだったスタッフに延長でそのまま入ってもらう。少しの期待と多大な不安を抱えつつ、勝負の一時間が始まった――。

 その間の事柄を省いて結果だけ言ってしまえば、心配していたことは杞憂に終わり、何も言うことはなかった。
 と、いうのは少し違うか。小山はあたしたちが思っていた以上の成果を上げてくれたのだった。あとから同じホールのスタッフに話を聞くと、所々細かいことを尋ねて来はしたものの、それは見事なほどの接客だったらしい。むしろ心配しきりだった他のスタッフのほうが多くミスをしてしまったという。いちばんの不安要素であった愛想の悪さも、接客時には他のスタッフに勝るとも劣らない笑顔を見せたそうだ。
 その事実にあたしは思わず自分の耳を疑った。料理を取りに来たときの小山はいつも通りの変わらぬ無愛想さであったというのに、つまりは、恐ろしいほどのオン/オフの切り替えのよさを見せたということでもある。しかし、笑顔を見てはいないが、時折聞こえた接客中の、普段より明るい小山の声を思い出し納得がいった。
 小山が仕事を終えて上がるとき、ふと気になったことを聞いてみた。
「なんで進んでホールやったの?」
 最悪の場合、自分が出ればいいかとも考えていたが、自ら名乗りを上げるほど自身もなく、それは本当に最終手段であった。それを、小山は代理がいないと知るが否や、迷いなく言い放ったのだ。
 すると、不思議な顔をして、
「だって、キッチンなら代わりがいましたし」
 まさかそこまで気が回っているとは思いもしていなかったあたしは衝撃を受けた。その直後、続けて出た、貴恵さんがやりたかったですか? という、あいつにとっては特別な意味を含んでいない言葉に、おかしくて笑いが出た。他のスタッフが聞いたら嫌味とも取れる発言だ。元からやる奴だなとは思っていたが、あの仕事をこなしてまで平然としているストイックさというか、改めてすごい奴と感心してしまった。
 そのときのことは瞬く間に全スタッフへと広がり、話題になった。これを機に若干でも小山への対応が変わればと思っていたのだが、まあ、現実はそう単純にことが運ばずといった感じだ。店長をはじめとする上の人間には大変受けがよかったのだが、新人らしくない可愛くないほどの出来のよさに、特に一年長くいる同い年や数年年上のスタッフには輪をかけて煙たがれ妬みが増えたようだ。同年代のスタッフの中には素直にあいつをすごいと称賛し、
「貴恵さん、どうしたら小山さんとコミュニケーションが取れますか?」
 と、唯一、比較的ではあるがまともに小山とやり取りするあたしに、それまで以上にあいつについての相談が多く降ってくるようになりもした。
 一方そんな、自分への声も評価も、元より気にするふうでもなく小山は全て流してきた。働けるのならそれでよくて、周りは全くといっていいほど興味がないようだ。今回のことでもそれは同じで、変わった様子は見受けられない。
 あんたのおかげでバイト以外の仕事が増えてるんだけど、と言ってやりたいが、
「それは、お疲れさまです」
 なんて返してきそうなのが今までの経験上目に見えるのが悔しいところだ。
 かといってそう諦めるのもなんだか癪で、少しでも仕返しをしてやりたいがために、さて今日はどうやってからかってやろうかと考えるのが、最近のあたしの楽しみになっている。
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