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 治久たちも来る。
 布美からそう告げられ、まるで金縛りにあったかのように聡太の体が固まった。いや、何も不思議はないのだ。毎年ある小山家の集まりなのだから。
 ただそれでも『治久たち』と聞いたとき、聡太は急に夢から現実へ引き戻された気がした。火照っていた体を急激に冷まされたような、そんな感覚。あるいは頭を鈍器か何かで打たれた感覚。そしてその頭の中で回るのは『疫病神』という言葉。
「僕なんか放っておいてくれればいいんですよ」
「まだ言うか、馬鹿タレ」
 目の前にスパゲティが置かれた。とてもいい匂いがしておいしそうなのだけれど、どうにも食べる気になれない。
「僕といるとそのうちよくないことが起こりますよ」
「何で?」
「疫病神と言われました」
 そもそも聡太が布美の家に移った理由は伯父の治久が会社から解雇されたから。詳しいことは妻の琴子も息子の春樹も知らない。突然の治久の告白に誰もが動揺した。
 そして『疫病神』はショックのあまり琴子が聡太に向けて泣き叫んだ言葉だった。何せ聡太が来てからというもの琴子にとってはただ疲れてストレスが溜まるだけの毎日。いいことなどなかった。だからこその発言だった。
 あの日のことは忘れていない。
 初めて怒った治久を見た日でもあるからだ。『疫病神』と言い放った琴子を平手で打ち、今までに聞いたことのない低い声で、絞り出すように、聡太に謝るよう言ったのだ。その治久の言動に驚きで部屋に沈黙が流れた。誰も動かなかった。というよりも動けなかったというほうが正しいかもしれない。それほどまでに珍しいことだった。だって治久はとても温厚だったから。怒ることなど一生ないのだと思ってしまうような人だったから。
 スパゲティを食べていた貴恵が聡太の言葉を聞いて吹き出しそうになり、むせる。咳き込むときも相変わらず豪快だ。聡太が水を差し出すとそれを少しずつ飲み干す。ふうと息を吐いて俯いたまま、今度は肩を震わすものだから心配していれば顔を上げて笑い出した。
「何を言い出すかと思えば。何だ、そりゃ」
 割と真面目に話しているのに笑われるのは心外だった。しかも少しだが心配してしまった分損をした気分にもなる。聡太の眉間にしわが寄った。
「神様って、あんた、随分と偉くなったもんだね」
 別に聡太が神様だというわけではない。ただの揶揄だ。それは貴恵もわかっている。わかった上での発言だ。
 貴恵も完全に食べる手を止めた。貴恵には珍しい真剣な顔をして聡太を見据えたかと思いきや、机に身を乗り出し聡太の頭をむんずと掴み、
「……って、そんなわけあるか!」
 一喝。驚いた聡太は目を見開く。いいか、よく聞けと迫られれば、頭を掴まれていることも相俟って目を逸らすことができない。
「何があったのかは知らないけど、あんたはただの人間でしょうが! 神様みたいに他人を不幸にすることなんかできない。そもそも小山はそんなつまらないことなんてしない」
 少し怒っているようにも見えた。誰に向けてかはわからない。聡太に対してなのか、それとも見えない琴子に対してなのか。
「あんたが絞めてんのは自分の首だよ」
 聡太から手を離した貴恵がぼそっと呟いた。あまりにも小さい声だったので聡太が聞き返すも、何でもないと教えてはくれなかった。はぐらかすように食べるよう促されフォークを手に取る。少し冷めてしまったけれど、それでも出来立てのときににした匂いの通りおいしかった。
「まあ、これだけ言っても疫病神って言い張るなら、まずはわたしを不幸にしてからにしなさい」
 先程までとは打って変わり、ニッと笑う貴恵。ああ、これは厄介な相手だなと聡太は思った。仮に自分が疫病神だとして、一人ではとても彼女を不幸にできそうにない。そんな貴恵に課せられた難題は聡太の心を軽くした。
 そういえば、小さい頃にも似たことがあった。あのときは伯父たちに嘘を吐き、誰もいない伯父の家で一人ひっそりと一夜を明かすつもりでいたのだ。結局その日は事情を知った桔平の家に泊めてもらうことになった。彼は呆れながらも何だかんだ言って聡太を一人にはさせなかった。
 遠くにいる桔平を思い出しながら貴恵を見て、
「貴恵さんって、彼氏、いないでしょう」
 尋ねるわけではなくて断定してそう口にすると、余計なお世話だと聡太の頭に拳骨が落ちた。
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